第21話 勝ちのち負け
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「君には甲斐性というか、男としての本能が欠如してる気がするのだが。」
「まだ続けるんすかこの話。てか酷い言い様ですね、先輩。先輩は覗きが甲斐性だとか思ってるんすか?それなら早急に改めてください、そんなもんは要らんですよ。」
「うむ、しかしだな...そうだ、君は据え膳という言葉は知っているかい?」
「据え膳?」
「そう、据え膳。『据え膳食わぬは男の恥』ということわざがあってだね。このことわざは...」
「ああいや、説明はいらないっす。どうせ碌なことわざじゃないし、字面から何となく意味は察したので。」
できるだけ隙を与えない。これが俺がこの数日で得た教訓だ。付け入る隙を与えてしまえば、相手のペースに乗せられてしまう。だからバスっと区切るのだ。この人から聞く言葉だもの、絶対ありがたい話じゃない。
「むう...あ、ではこういうのはどうだ?」
咲月先輩はニヘラと笑って言う。
「今ここには、君と私の2人だけ。実のやつは、この状況を察して颯爽と部屋を出たわけだが…はて、君は先輩の顔に泥を塗るつもりかい?」
今度は悪魔的かつ人情に訴えるという、下衆的な発想によるアプローチをかけてきた。先輩の攻め方、いろいろなバリエーションがあって面白いよな。
で、それに対する俺の回答はこうだ。
「はい」
「そうか、では…え、はい?」
咲月先輩は目を丸くしていた。
「えぇ、はい。泥でもなんでも塗ってやる所存です。出てこいや実先輩。」
どこかでガタッと揺れる音がした気がするが、気のせいだろう、多分。
「えー…なにそれ。もう少しこうさ、なんかないわけ?」
「ないですよ。俺、こういうのに屈しないって決めたんです。先輩をたてるとか、人情とか…そんなものは一切考慮せずに、嫌なことにNoっていえる人間になろうって。」
「嘘でしょ…」
咲月先輩は信じられないものを見たような表情をした。やはりこの手に限る。こういうのは、先に呆れさせたほうが勝ちなのだ。
「純粋な君はどこに行ったのさ。先輩を敬って素直に言うことを聞く君は何処へ?」
「無限の彼方へ吹っ飛ばしてやりましたよ、そんなやつ。真面目なほど、体力が削られるってわかったんでね。」
「吹っ飛ばすな戻って来い、カムバック!」
「ノーカムバック、絶対に。」
「ね、一回だまされたと思ってさ。ね?」
「それで蓋開けてみたら、マジでだまされてるってオチなので、いやです。ほら俺はもう行くんで、さっさと着替えてくださいよ。じゃ!」
「えちょ」
俺はそう言って、部室を出る。これが俺が得た教訓のもう一つ、逃げ出すことだ。嫌なことに嫌とはっきり言おう!ノーモアハニートラップ!
「さあ、さっさと教室に...」
その時、聞いたことのある音が、スピーカーから聞こえた。ホームルームの時間を示す、チャイムの音だった。
「...」
逃げ出すことには成功したが、肝心の遅刻は免れなかった。勝負に勝って試合に負けるとは、まさにこのことだった。
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