第10話 呼び声

 私は、橋口君が『表をさがす』などといって、山道を登り始めた時。文句を言いながらも、たっちゃんがぐいぐいとキャリアを引っ張っているのを見て、少しあこがれながら感心をしていた。


 彼は細く見えるが実は力持ち。

 でも粗暴ではなく、優しく、そして心が広い。


 実は高校の時に、別の人と付き合ったことがある。

 皆彼氏がいるから、そんな興味だけで付き合ったのは、同じクラスに居ただけの普通の人だった。


 でも彼は…… クラスで見せていた姿とは違い、いつも自分の事が中心で、何かを人がしてくれることを願っていて、それが当然とも…… きっと思っていた。


 そうエッチだって……

 『それが普通だ』『高校生なら皆やっている』そんな事を言って、怖がる私を押さえ込んだ。

 当然最後までは許さなかったけれど、手とかお口でさせられた。


 嫌がるわたしにさせて、彼の顔は満足そう。

 本当に皆、しているのかしら?

 その頃のわたしは、何も知らず、従ってしまった。


 手はまだよかったが、お口は気持ちが悪かった。

 だけど彼の言った、皆やっている。その言葉が気になり、それから、人の手が触ったものとか、気持ちが悪くて食べられなくなった。

 だから、男の子は苦手だし怖かった。

 そして彼は、当然の様に、仲間に言い触らした。

 当然別れたわ。


 でも、大学に入って、皆と遊びだした。

 優しい笑顔に惹かれて、付き合いだした彼は無理強いなどしないし、逆に甘やかされて、こんなので良いのかと思ってしまう。

 あれについて聞いてみた。加奈ちゃんに言わせると、すぐ慣れるし…… 月に数日。あれの時に、できないからと言って、ぱくっとするの。するとねぇ。男の子はそれだけですごく喜んでくれるし、タイパが良いよ。そんな事を言っていた。


 そんは感じで、少し惚れ直しながら彼を見ていたときに、谷の奥で『こっちへ……こっち…… 』という感じの声が聞こえた。そちらを向くが、谷の脇が少し広く、道なのかなと、思えば思える草むらしかない。


 だけど、人間。気になり出すと、どうにも気になって仕方が無い。

 そう、呼ばれている。行かなきゃという思いが強くなる。


「ねえ。玲奈。トイレに行きたくない?」

「あー行きたいかも」

 谷川から聞こえる、水音に惹かれたのか、彼女も賛同をする。


「この草むらが目隠しになるし、行こう」

「えー。ここ大丈夫?」

「多分ね」

 そうして私は、二人を連れて奥へと入った。


 そうその時、感謝の心が流れ込む。

「やっと繋がった」

 そんな意識が流れ込む。誰かが…… そのとき、確かに入り込み、私の中で喜んでいた。

 こっちよ。

 導かれるまま村へと向かう。


 村を見たときに、私は理解をする。

「竜ちゃん達も呼んでこなきゃ」

「そうね。呼んでこよう」

 なぜだか、皆が揃って彼氏を呼びに行く。




 懐かしい景色。

 懐かしい人。

 りゅうちゃん家のおじいさんを見つけて声をかける。

 あの時にはもう亡くなっていたが、優しい人だった。


 そう、あの時私は選ばれなかった……

 それは、りゅうちゃんと私の血が近いという事。


 


 ―― この村にあった伝承。

 『白き竜、その昔。この地へと落ちき。

真っ暗なる夜空。はるか天空よりそはうちいでき。

 彼方よりうちいでし竜は、山を一つ吹き飛ばし、この地に平らなる所造り、そこに里を造りき。清き水のあふれし谷を』


 竜と共に現れたのが、りゅうちゃんのご先祖だと言われている。

 この地を不思議な力で治めて、通力で厄災を祓ったとも言われている。


 だけど、此処に集まった住人達と混ざり合い、その血はばらまかれ、此処の里に満たされ薄くなった。

 たまに村人に通力が発現をするのだが、明治の頃にはまれになっていた。


 直系は、男子に必ず龍の字を入れる。


 そう言えばあの時、私の子ども達まで殺したのだが、自身の奥さんと子どもは手にかけなかった。

 ひどい人。

 ご両親は村人の人質として引き出されたときに、躊躇なく切り捨てたのに。

 彼の振るう刀は、通力なのか、少々遠くても一刀に切ってしまった。


 そして、この子。

 りゅうちゃんは知らなかったけれど、私は町で乞われて、ある夫婦に旦那さんの子を産み、金で譲り渡した。

 その、玄孫やしゃご来孫らいそんがこの娘。美優希だろう。


 再び私たちの血は求め合い。この里へきた。


 うふふっ。


 そう清は、先祖返りのような通力を持っていたようだ。


 社で淳君と加奈を斬り殺したのは、単純に祐司君の気持ちが限界だったから。それと見せた夢。あの時の、りゅうちゃんの意識に引きずられたのかなぁ?

 少ししか手助けはしていない。

 騒ぐ玲奈ちゃんは、龍清君に切って貰った。

 そう基本は良い子だと思うんだけど、自分が一番という子。

 私たちのことを馬鹿にしていたのを知っている。

 蛇川君が浮気性だし、りゅうちゃんのことを、狙っていたことも。


 そして私たちは家へと帰り、彼に何が此処であったのかを見て貰った。

 だけど、男に出てくる通力と、女に出てくる通力は違うみたい。


 彼は目覚めても変わらず。

 皆を探しに出てしまう。

 でも良いわ。私はこの、りゅうちゃんと新しい世界で幸せになろう。

 そう、此処であった私の穢れた生活は過去のこと。何も知らない彼と、この穢れ無き体で、彼と……



「うわぁ、みんなぁ。何だよこれ?」

 家から出てすぐに、社が明るいことに気がつき、彼はまっすぐにやって来た。

 さっきのことは覚えていないみたい。


「スマホ。警察。圏外か」

 そう言って、彼は家に戻ろうとする。

「美優希、早く」

「うん」

 彼の差し出してくれた手を取り、帰るのだが、家はもうない。


 少し焦った彼は、あの時のように村の外へ出る道を駆けていく。


「今度こそ、さようならだね」

 私は、村に別れを告げる。


 だけど、何だろう?

 村から出られない?

 出ようとすると戻ってしまう。

 私じゃない。誰かがここを封じている?


「りゅうちゃん、川から行こう」

「この高さなら行けるか?」

 百数十年前から比べると、随分川が浅くなり、下の岩、高い所なら道から二メートルないくらいの高さ。

 これなら行ける。


 りゅうちゃんが先に飛び、手を広げて待ってくれる。

 飛びこんだ私を受け止めてくれた。

 本筋へ向かう川別れまで、一里とちょっと。

 この谷筋は支流のまだ枝谷えだや、川に沿って歩くため時間がかかったが、谷の上に架かるコンクリートの橋が見えた。


 ここは、裏谷。

 表は宿場の下を流れる川なので、谷へ降りて山麓を回り込めば宿場へ出る。

 ただもう過疎が進んで、誰も住んでいない。

 私のおじいさんが出たときくらいに、町はなくなったはず。


 わたしとりゅうちゃんは、キャンプ場まで降りて、車で電話の通じる所へと下っていった。

 そう、彼女は結界を破り、解き放たれた。

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