4章-3

 夏の強い日差しが、王宮の玻璃ガラスに反射し、きらめきを放っている。

 冬の繊細なきらめきとは違う趣きがあり、アリアーナ王女の王太子の冊立式という、未来に向かう式典には非常にそぐわしいもののように、ユーリには感じられた。


 右大公宮のバルコニーから、ユーリ、カイル、そしてサリフとアリスに抱かれたラーニアは、並んで冊立式を見守っている。


 普段は行儀の良いサリフが、不安定に体を揺らす。それを見て、ユーリは静かにサリフに注意を促した。


「行儀が悪いことは承知しております。ですが、なぜ、一番水の国のために尽力した母上があの場に居られぬのですか!」


「サリフ。気持ちはわかります。もしかしたら、わたくしのほうがその気持ちは強いかもしれませんよ」


 冊立式が行われている広間を強く見下ろすユーリの横顔を、サリフは見つめる。


 そんなサリフの肩に、ユーリは静かに手を置いた。


「ですが、スーイン様は名誉のために尽力したわけではありません。この水の国を少しでも良くし、前進させ、繁栄を存続させる、その思いのみで行動されてきたのです。

 そのスーイン様の思いは、アリアーナ様に確実に引き継がれていきます」


 ユーリはイフラームの目をのぞき込む。


「人のために国を守ろうと思って行動するのであれば、必ずその思いはつながる。と、イフラーム様は、おっしゃっていましたよ」


 その様子を見ていたカイルも、穏やかに微笑んで口を開く。


「スーイン様が国を思う気持ちは、違う国出身の私にも響きました。私に響くことですから、アーサー国王陛下も、アリアーナ王太子殿下も、スーイン様の思いをご存じでしょう」


 まだ納得できないながら、ユーリとカイルの二人に言われ、母であるスーインの思いが冊立式の空気の中に溶けているような気がして、サリフは少し安堵した。



**

 厳かな雰囲気の中、アリアーナが登場する。


 そして、アーサーが立ち上がり、居並ぶ廷臣と民衆に対して、声を上げた。


「水の民諸君。ここ数年、王太子問題とそれに続く火の国侵攻で不安な思いをさせた。大変申し訳なく思う。

 このようなことを二度と起こさないため、水の国は男子のみの継承をやめ、男女を問わない長子による継承によって、王位を守ると改革した。ここに宣言する!」


 民衆からわぁっと歓声が上がる。アリアーナの色である桜色のハンカチやスカーフを民衆たちが一斉に振り始めた。


 壇上に立つアーサーやアリアーナからは、突然桜色に染まった水面が波を起こし越しているかのような、美しい光景に見えた。


 思ってもいなかった民衆の歓迎ぶりに、アーサーとアリアーナは思わず顔を見合わせる。

 言葉にはしなかったが、民衆に受け入れられたのなら、これで第一歩は成功だ。と互いに安堵した。




**

「サリフ……サリファール様」


 水面を渡ってそよぐ風に、何かを見つけたように目を細めて、ユーリは静かに語りだした。


「サリファール様。必ず、この国の頂にお上りになるでしょう。それまで、わたくしとカイルがスーイン様とイフラーム様に変わりお守りします。どうぞそのまま、心のままにお歩きなさいませ」


 茫洋とした瞳で詠唱するように語るユーリを見て、カイルは母方の……あのおばば様の血が出たな、と気が付くが、何も言わずそっとユーリの肩を抱いた。未来を守るように。



**


 桜色のドレスの上に、国の色である蒼のガウンを羽織ったアリアーナは、父王のもとに進み、跪く。


「その改革の一歩として、第一王女アリアーナを、本日、王太子に冊立する」


 アーサーが高らかにアリアーナの立太子を宣言した。


「私がいなくなっても、王の務めを全うするのよ。これからあなたが守るのは、私の意志」


 立太子を宣言するアーサーの耳に、そうささやくスーインの声が聞こえた気がした。

 スーインに背中を押されるように、アーサーは王太子の宝剣をアリアーナに授ける。


 アリアーナはかしこまって王太子の宝剣を受け取ると立ち上がり、そして民衆に向き直り、宝剣を掲げた。


 それは、女子が王太子の位についた宣言でもあり、水の国を守り、同時に長子相続という新たな時代の礎を築いたスーインへの、アリアーナなりの弔いだった。


「アリアーナ王太子殿下、ばんざーい」


 自然とアリアーナを祝福する声が響き、民衆が振る桜色の波が、ひときわ大きくなる。


 その波の向うに、ユーリ、カイル、その間にサリフ、ユーリの側の端にアリスに抱かれたラーニアがバルコニーに並んでいるのが、アリアーナの目に入った。


 かろうじてそこにいるのが誰だかわかるぐらいの遠さであったが、サリフがまっすぐにアリアーナを見つめていた。


 ――あなたのお母様の思い、この胸にしっかり受け取っております。これからまっすぐ、この国を導いてまいります。

 その思いで、サリフが見えるよう、さらに宝剣をかざす。


 サリフが小さくうなずいた、ように見えた。


 そして、ユーリの横に立つアリスの腕に抱かれたラーニアの瞳も、まっすぐに自分を見つめていることにアリアーナは気が付く。

 アリアーナはわずかに微笑み、宝剣を下げると片手を胸に当てて、静かに会釈した。

 ラーニアは不思議そうな顔で、小さく手を振った。


 ラーニアの幼い目に、青く透き通る湖が映り、さわやかな風が吹き渡った。

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