5章-3
同じ刻限。
アーサーはアスリーアの部屋を訪れていた。
「陛下……このところ、子供たちのことばかりで陛下にお仕えできず、申し訳ないことです」
「よい。このところ、余も
一瞬、それは父としてなのか、国王としてなのか、どちらの気持ちの残念なのだ、と問いそうになったアスリーアであったが、とどまった。
アーサーは、国王であると同時に父なのだ。それは不可分で、問い詰められても困ることだ、というのは、ここ最近のさまざまな想い悩みから、アスリーアが得た教訓だった。
エリシアにアリアーナの立太子を打診され、最初は母としての立場と王妃としての立場を分けて考えようとした。
しかし、できなかった。
当たり前だが、自分は王妃であり、アリアーナの母なのだ。分けられるものではない。
そうしてようやく、アスリーアはアーサーが見ているものがわかった気がした。
「王子が身罷ってからしばらくは、陛下は『父として』の態度が冷たすぎると思っておりましたが」
アーサーは、思いもよらぬアスリーアの打ち明け話に硬直する。
「そのようなことを思っておったとは……だが確かに、私人としての悲しみを表してはおらなかったかもしれぬ……」
苦しげにそうつぶやくアーサーを見て、アスリーアはかすかに微笑むと頭を振る。
「なぜ、悲しみを表現いただけないのかとお恨みしなかった、と言えばうそですが」
アスリーアは涙をたたえた瞳でアーサーを見る。
「最近、ユーリ様やエリシア様と話していて、ようやく陛下の見ている世界やお気持ちを理解できるようになりました。どんなに深く悲しまれていても、それを表に表すことができぬこともある、と」
そして、アスリーアはいずまいを正し、静かにアーサーに向き直った。
「
しかし、この法典が成立してしまえば、この火の国侵攻の危機において、国政を混乱させた家に連るアリアーナが、立太子することになります。陛下はそれでよろしいのですか?」
そう。恐らく、セザリアンもゼスリーアも、右大公家を追い落とすために火の国と内通した。普通に考えれば反逆罪だ。一族郎党、死罪になっても文句は言えない。
ただ、漏らした情報が大したことではないと認められて、蟄居で話が済んだ。
だが、血筋の者が立太子となると話は別のはずだ。
「そなたは左大公家とは隔絶しておったし、その後の家の処置も情を交えぬ正しいものであった。だから心配せずとも、堂々としておれば良い」
アーサーはアスリーアの手を取る。
「立太子に先立ち、まずはそなたを王后に立てねばな」
思いもかけぬ言葉に、アスリーアは胸が詰まった。
妻として堂々とアーサーの横に立つのは自分なのに、心は他の
思いもよらなかったアーサーの愛に触れ、愛される喜びも味わったし、第一王妃としての面目も立った。
だがやはり。
人とはなんと欲深いのか。
他に真に追い求める女性がいる。その苦しみに耐える必要があるのなら、見返りにして女としての最高の地位が欲しい。
そう思って何が悪いのか。どこかでそう思う自分がいた。
だが、アーサーと同じ高さにのぼり、同じものを見られるようになった今、その思いがいかに思いあがったものであったかを悟った。
そう思った矢先に、手に入った王后の地位。
「わたくしなどが……よろしいのですか?」
「もちろんだ。第一王妃として、輿入れ当初から後宮をしっかり統制してくれた。
アーサーは、アスリーアの手を取った。
「左大公家の権力増大を恐れ、今まで待たせて済まなかった」
少し前のアスリーアなら、このアーサーの言葉は言い訳だとしかとらなかった。
だが、今のアスリーアはこの言葉が真実であることがよくわかる。
そしてやはり、以前の考えが傲慢だったにせよ、今まで苦労したことや愛の証として、やはり身位は欲しかったのだ、ということも自覚した。
身位が手に入ったとて、アーサーの心に住むスーインに勝てるものではない。
だが――これは勝ち負けではないのだろう。スーインにはスーインの役割があって、アスリーアにはアスリーアの役割があるのだ。
「いえ、陛下……わたくしは陛下のお心に沿って、裏から王家を支える立場ですから……陛下が思うようになさればよいのです」
涙がほほを伝うが、アスリーアの心の中は後宮に入って以来、これまでで一番穏やかだった。
「陛下。長子相続の法典に同意すれば伝わるかと思っていましたが、改めてお伝えします。
アリアーナの立太子、同意します。ですから、帝王学の教授について、一緒に考えさせて頂いて良いでしょうか?」
「もちろんだ」
アーサーは、そう答えるとアスリーアの涙を、そっとぬぐった。
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