3章-4
「あ、姉様?どういうこと?」
「早馬と行き違ったか……風の民が滅亡したのだ、この町の最後の風の民の集落が焼け落ちた」
「……本当なの?なんてこと」
精霊4氏族の一角がなくなるとは、世の中が崩れる予兆と思っても間違いないかもしれない、とエリシアは畏怖を覚えた。
「その焼け落ちた集落跡に、落ちていた。落ちていたから、拾った」
「拾ったって姉様......」
横に控えるサラの微妙な怒りの表情を見て取り、簡単な「拾った」ではなかったことをエリシアは察する。
「人はそんな簡単に落ちている物ではありませんわ。姉様、また何か無茶しましたね?そんな身重の体で、サラに負担をかけたんじゃないの?」
スーインはサラをちらりと見やると、少し逡巡した後、話し出した。
「それは申し訳なかったと思っておる。ただ、彼は明らかに風の民の王族だ。さらに、あの集落を襲ったと考えられる火の国が、生き残りを探しに来ていた。おそらく、目当ては彼だと思う。王族で、襲った火の国が探すような御仁ならば、手に入れておくと後々切り札になるであろう?火の国と何もつながりがなかったとしても、滅亡した風の民の王族、というだけでも利用価値がある」
「だから、拾った、と」
重々しくうなずくスーインを見て、たまに姉様の思考回路についていけないわ、とエリシアは思った。そうかもしれないけど、その前に厄介ごとになるかもしれないのに。
ただ、「それが切り札だ」と思ったら、本当に切り札にしてしまう凄みがスーインにはある。もう今回はそれを信じるしかない。それにしても、身重の体でよくやるわ……
「エルディオはどうしておる」
エリシアの内心の呆れに気づくことなく、スーインは淡々と質問を重ねる。
「うまくやってるわよ。結局、側妃になった娘にはもともと恋していたらしくて、渡りに船、みたいよ。どうせ結婚するのなら、彼女と結婚させろって直談判したのよ。今回は、エルディオなりにメリットはあった話だったわ。
......子供が行っても、あの夫婦、うまくいくといいわね」
「そうか。この子のために人生を変えてくれた皆のこと、覚えておかねばなるまいな」
**
それから数日がたち、スーインは産気づいた。やや難産で数日苦しんだその最後の夜、エリシアは火の王に会ったのだ。
スーイン出産当日、そんな日に水の国右大公家の離宮に姿を現したあの火の王は、意図的だったのか、偶然だったのか。今となってはわからない。
生まれた男子は生後数日がたったころ、宵闇にまぎれて、エリシアがエルディオの側妃の実家に運びこんだ。その後二か月をそこで過ごし、エリシアはエルディオ側妃と赤子とともに王都に帰還した。
そうして無事、生まれた男子はエルディオと側妃の息子として水の国に認知され、スーインの出産は無事、なかったことになった。
**
「まさか、そんなことがあったとは......」
「そう。だから、サリフが本当にスーイン姉様の子だと知ってこんな噂を流したかを、我々は知りたいのよ」
「なるほど……でも、それはわからなくても、『サリフ様がスーイン様の子だと犯人には確信がある』という前提で対処すればよいのです。」
「なるほど……賢いわ!ちょっと一緒に姉様のところに行くわよ!」
エリシアは、あの時の当事者だったから、細部にまでこだわってしまったが、確かに冷静な第三者のユーリの言うことは、的を射ている、と思った。
そうなったらいても立ってもいられず、有無を言わさずユーリの手を引っ張って、スーインの執務室へ向かった。
とりあえずしてみました、レベルのノックをすると、エリシアはずかずかとスーインの執務室に入っていく。
「姉様、あっ、義兄様も!よかった、いらして」
エリシアに引きずられるようにユーリもスーインの執務室に入る。
「また騒々しいお出でですね」
イフラームがゆったりと笑って二人を迎えいれる。すっかり予想していた、という風情は、エリシアの日頃の言動をしのばせた。
「あっ、あの、すみません」
どう対応すればいいかすっかりわからなくなったユーリは、ひとまず謝罪になるかならないかわからぬ言葉をつぶやく。
「よいのです、ユーリ殿。エリシアに捕まったら、抵抗なんて不可能ですからね。……まずはお二人とも、おかけなさい」
長椅子に座るイフラームが優雅に椅子を勧める。そのイフラームの隣に座ったスーインは、流石に疲労の色を隠せていなかった。
つい先程の朝議の場で顔を合わせているときにはなかったほどの疲労感。あのときは隠していたのか、それとも噂を知ってどっと疲れが出たのか……ユーリには判断できなかった。
「義兄様、姉様の様子からするともう噂はお聞き及びね?サリフの話」
「ああ、困ったことになりましたね」
「エルディオは?」
部屋を見渡してエリシアは問う。スーインに次ぐ当事者とでも言うべき彼がここにいないことに、エリシアなりに疑問を持つ。
「彼まで出てきたら、どんな噂になるかわかりません。今は自宮にこもっておくよう、お願いしています」
「そう……」
「あの……誰が何の意図を持ってこんなことを言ったかわかりませんが……エルディオ様が、サリフ様は我が子であると、今一度宣言してしまいさえすれば、この騒動、収まるかもしれません」
「詳しく申せ」
ぐったりしているスーインが、それでもユーリの発言を素早く拾い上げ、問い返す。
「サリフ様の本当の出自が証明できる何かをお持ちでは、ないですよね?」
「繋がりを消すために、あれだけの計画を実行したのよ。そんなものあってたまるもんですか!」
その言い方に、当時の苦労がしのばれるが、そこまで言うなら証拠はないと確信してよいだろう。
「で、あれば、他人がどう言おうとエルディオ様の子であると言われたら、もう誰も何も言えないはずです。もし、なおも怪しいと言い張ったら、言い張った張本人が証拠を出すべき、になるので、なかなか反論も難しいのでは。証拠もなく言い張ったとしたら、そこにはなにか他意がある、で追及のし返しが可能です」
「なるほど」
スーインが身を乗り出してきた。
「つまり、これはエルディオが堂々とわが子であると宣言するだけで、収まってしまう、ということだな?」
「この世に証拠がないのであれば…」
「あえて言えば、私がラーニアと一緒に日中の養育をしていることを突っつかれるぐらいでしょうか。スーイン、これに関しては右大公家内の教育方針だ、で強弁できますね?」
「もちろんだ」
「では、エリシア殿、エルディオ殿のところにいって、明日の朝議で証言するよう伝えてもらえますか?朝議の場については、スーインに任せてよいですね?」
二人は当たり前だという風情でうなずくと、エリシアはさっそく部屋を出ていった。エルディオに証言を頼むためだろう。
そんなエリシアを見送るユーリに、スーインは静かに声をかけた。
「エリシアと仲良いのだな。今日も真っ先にそなたに話をしに行ったとみえる」
「ありがたいことです」
ユーリはふっと笑む。今日は相当面食らいはしたが、こんなふうに同世代と一緒に考える体験がなかったユーリには、新鮮で楽しい体験だった。
「エリシアが入宮してしまっても、同じように支えてやってくれまいか。わらわでは、どうしても政治上のしがらみが多くなってくるでの」
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