第3章 蠢く陰謀
3章-1
交易、だと?なんなんだそれは。
領土分割、何が悪いのだ。いにしえから使われている、由緒正しい交換条件ではないか。
そもそも、なぜ男子懐妊という重大な話が、あんなに軽く扱われなければいけないのか。もっともっと注目され、称賛されるべき話であるはずだ。おかしいだろう。
憤懣やるかたないセザリアンは、いつの間にかゼスリーアの居住区域に足を向けていた。
「ゼスリーア。いるか」
声をかけながら、居間に入っていく。果たしてそこには、いつもの通り長椅子にもたれかかって優雅に扇子で自らを扇ぐゼスリーアの姿があった。
「良い知らせ?」
ゼスリーアは相変わらずつややかに微笑む。
この妹のこの不遜なまでの自信は、一体どこから生まれてくるのだろうと、セザリアンは不思議でならない。懐妊しなければ、離宮へ追いやられていたというのに。
「ああ。離宮行きは正式に免れた。ただ、外には行くなよ。自室で大人しくしているのが条件だ」
それを聞いたゼスリーアは、さらににっこりと笑った。
「まあ。それだけでよろしいのね」
途端に、セザリアンの背中を嫌なものがぞわりと伝わる。案の定。
「エリシアが第三王妃として近々入宮するそうね。お招きしてお茶会ひらいても、よろしいということね?」
お、お招き……
確かに、自宮で大人しくしておれ、という命令には反しない。だが、それは許されるのか?常識で考えたら違うと思うが、こんなに自信満々なゼスリーアを見ていると、その常識が間違っている気にさせられる。
答えられないセザリアンを見て、ゼリーアはさらに追撃を繰り出す。
「そもそも、なぜエリシアが入宮するわけ?どうせ画策したの、スーインでしょ?兄様、スーイン、目障りね?」
そしてまた、不敵に笑う。
セザリアンは、妹の「目障りね?」の後に続く言葉を正確に予測した。
「そんな簡単に排除できるわけないだろう」
明確に言葉にされる前に、先回りして言葉を絞り出す。
できるなら、とっくにやってる。握りしめたセザリアンの左手がブルブルと震える。
「まぁ、残念ですこと」
また、心にも思っていない言葉を息を吐くように言う。前にこの言葉を聞いたときは、全く自分の置かれた立場も責務もわかっていない言葉をつなげたが、今回はどうなるのか。嫌な予感しかないセザリアンは、身構えた。
「どうして、火の国を効果的に使わないの?」
やはり。どうしてこの妹はいろいろ論理の
確かに、もう内通はしている。証拠をつかまれたら、流刑は免れまい。だが、まだ、王子死産の情報を流しただけだ。それ以上、攻め込まれるような情報は流してはいない。さすがに筆頭貴族として、やっていいことと悪いことがあるではないか。
「兄さま、もうここまで来たら、そんなに差はなくってよ。情報を流すことと、毒薬を買うことに」
「そんなわけなかろう!」
「ねぇ兄さま、左大公になった暁には、スーインなんて邪魔じゃない?今のうちに追い落としちゃえばいいのよ。火の国はたくさん手段をお持ちよ」
「だから、できるものならやっておると言っているであろう」
「スーインを追い落しちゃえば、もう兄さまに逆らう人なんていないわよね?できるできないじゃないわ、やるのよ」
「……火の王だって、スーインを気に入っているのだぞ。協力するわけがないじゃないかっ」
スーイン。あんなに鉄仮面で、人に対する愛嬌というものがないやつなのに、なぜかやつのことを気に入る者たちが一定数いる。そしてなぜか、そいつらは権力を持っているのだ。
アーサーといい、火の王といい、なぜ奴らはスーインに魅入られるのか。どんな魅力があるというのか。気の強い女、というだけではないか。
「兄さま。もう少しお考え下さいませ。別に抹殺せずともよいではありませんか。火の王がスーインをさらって火の国に連れていってくれれば、それもありではありませぬか」
突拍子もない発想に、セザリアンは度肝を抜かれる。
ああ。そういえば父上は、この突拍子もないゼスリーアの発想力については、非常に買っていたな……
どうして、あのようなひらめきを男のお前がすることができないのだ。
そう罵る父の声が頭の中で響き、背中の疼きを感じる。
どうして男なのに、俺は女に勝てないのだ。父上に認められないのだ――。
「兄上?」
「あ、あぁ……いや、いくらなんでも、どうやったら火の王がスーインをさらう気になるのだ……」
せっかく妹にヒントをもらった状態だというのに、それを生かすことができない。結局、どうすればいいのか、と思うと現実的な障壁しか思いつかない。
「火の王へのアプローチが難しければ、この国の居心地を悪くしちゃえばいいのよ」
「たとえば?」
「悪い噂を流して、こんなひどい人いるの?って思わせちゃうとかね」
簡単に言うだけあって、結局その程度の策なのか。
期待が大きかった分だけ、稚拙に聞こえたその策に、心の中で失笑する。
しかし、次の瞬間、失笑した自分のほうがおろかであったことを思い知らされる。
「スーインには愛人がいるって噂を流せばいいのよ。正式な夫婦ではないけど、イフラームっていう夫がいることは、もう周知の事実よ。そんな女が、外に愛人を作っているなんて、とんでもないことだと思わない?」
「な。だれなのだ、そんな男は」
「いやだ兄さま。知らないわ、そんな男がいるかどうかなんて」
「は?」
いるかどうかわからない?そういうやつがいるから、外に愛人がいるという噂が成り立つのではないか?堅物のセザリアンには、ゼスリーアの話が理解できなくなる。
「ですから、いるかいないかは重要ではないのです。『いること』にしてしまうのです」
そういえば、毒を盛ったときも「下人に罪を着せてしまえばいい」と簡単に言い放った女だ。愛人を仕立ててしまうのも、同じ思考回路なのだろう。
これが発想力か?いや、人としての何かが欠落している、と思う方が正しい気がするが……
「しかし、いくら何でも信憑性のない愛人をでっちあげても……今、信憑性を持って信じてもらえそうなのは、火の王ぐらいだが」
「それはやめたほうが良いわ。火の王は、そういう外堀を埋めていかれるようなやり方は気に入らないと思うわよ。彼を怒らせるのは得策じゃないわ」
「ではどうしたらいいのだ」
「そうねえ。……別に、いらないんじゃない?相手」
「相手がいなくてどうやって愛人がいるっていうんだ!」
「子どもがいればいいじゃない?」
ゼスリーアの目が妖しく光る。
「右大公家のエルディオの子、あの子を実はスーインの子ってしちゃえばいいのよ」
「そ、そうなのか?」
思いもしなかった事実に、セザリアンは思わず目を見開く。
「ですから、事実なんてどうでもいいわ。そうであるらしい、という疑念をかき立てれば十分よ」
「だが……」
「それに、エルディオは庶子とはいえ長男よ。なのに家督をスーインが持っていってるって、スーインになにか思うところあってもおかしくないわ。そういう噂を流すことで、右大公家の人間関係にヒビが入ってもおもしろいわよ?」
「……」
セザリアンは絶句する。どうしたらそういう発想が生まれるのだ。
とはいえ、ゼスリーアの案にのるかどうかは、頭をフル回転させて考える。
――のる。止めても無駄ならば、のったほうが得策だ。
「わかった。そうしよう。宮廷は任せろ。後宮はお前がやれよ。スーインを何としても潰すのだ。それから火の国に、逃げてきたら厚遇するとか言って、スーインを誘うよう伝えておけ」
ゼスリーアはいたずらっぽく笑う。
「まぁ兄さま、肝がすわってきたわね。いいわ、やるわよ、任せて」
セザリアンは鼻を鳴らす。
潰すと決めたからには、もう手段は選ばない。
「よいか。証拠だけは気をつけろよ」
疼く背中を感じながら、セザリアンはゼスリーアの居室を後にした。
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