3章-2(3章終)

 回廊を歩きながら、カイルは安心のあまりユーリの手を堅く握る。ユーリは心配しないで、と言うようにもう片方の手で腕をさする。そして、口を開いた。


「殿下。この件、もう少しご報告したく、執務室にお邪魔してもよろしいでしょうか?」

「その言葉、待っておった。衣装替えもできず申し訳ないが、来ておくれ」

「カイルが一緒でも?」

「そなたがそうした方が良いと思うなら、構わん」

「はい」

 短く答えると、カイルにもう少しお願い、の合図でカイルの手を握り返す。

そしてそのまま、スーインの執務室に入って行った。


 スーインは執務机に座り、もの問いたげな目をユーリに向ける。


 ユーリは執務机の前に進むと、懐から昨日のハンカチの包を取り出し、机の上にそっと載せた。

「こちらが昨日拾いました影光草にございます……ハンカチに見覚えはございますでしょうか?」

「昨日、落としたと言って見せてきたものじゃの」

「はい。よもや、用心のため使ったハンカチがこんなところで役に立つとは思いませんでしたが……あの時すれ違った侍女が持つ籠からこぼれたものにございます。中をお改めください」

「これは……青菜にしか見えぬが」

「はい。細かい見分け方は幾つかございが、茎の真ん中から葉が始まるのが青菜、茎の根元から葉が始まるのが影光草にございます。これは、茎の根元から葉が始まっておりますので、影光草と判断できます」

「なぜこれが怪しいと思ったのだ」

「あの時すれ違った侍女の方々は、高位の貴人に侍する身分とお見受けしました。そのような方々が大きな籠を持つのに目を引かれ、見ているとたまたま籠の中身である青菜が溢れました。あのような身分の侍女が運ぶものとして、青菜は如何にも不適切です。そこで、念の為拾っておいた次第です」


 スーインはしばらく思案する。


「説明に理が通っておるな。」

 満足気に頷くスーインに、ユーリがいたずらっぽく笑いかけた。


「スーイン様……わたくしが昨日のハンカチにこっそり影光草を仕込んで、スーイン様の目を欺いた、とはお考えになりませんか?」

 せっかく、スーインがユーリを信じたところでなぜまた、自分を疑わせるような言動をするのだ、とカイルは驚いてユーリを見つめる。


「そなたは、広間からこの執務室にどこにも寄らずに来て、そのまま懐からこの証拠品を出した。宴の前から持っておったのじゃな?この状況で、正しく影光草を差し出せるのは、本当に証拠を拾っていたか、本日の宴で影光草が使われる、と確信を持てる犯人のどちらかしかおらぬだろう?阿呆な犯人なら、目くらましとばかりに影光草を出すかもしれんがな」


 スーインは、ふっと笑って、にやりと笑うとカイルに目を向ける。


「まあ、カイルと共謀した可能性はあるが……カイルにはそんな腹芸はできぬからの」

 その通り過ぎるのだが、さすがにカイルもむっとする。

「怒るでない。本日、アーサーがユーリを信じたのは、後ろにそちがいたからじゃよ。そちは十分、役に立った」


 納得はいかないという顔をしながらも、カイルは軽く謝意を込めて頭を下げる。


「して……ユーリ、カイル、昨日すれ違った侍女たちは、ゼスリーアの侍女たちじゃ。棗椰子なつめやし蜜の甘露汁を飲ませようとしたのもゼスリーアだな。状況証拠はゼスリーアを示しておる……」

「ですがスーイン様、王子王女を害するなど……左大公家の姫として、アスリーア様の妹として、考えにくいとは存じますが……」

「後宮とは、わが子の地位のためなら、姉妹の情など吹き飛ばすところよ……ない、とは言い切れぬ。しかし、ゼスリーアは虚栄心と出世欲は強いが、そこまで謀略を巡らせるタイプではない。影光草は、なかなか癖のある使い勝手と見える。あの子が、この毒草に気づくとは考えられぬ」


 スーインはしばし目をつむり逡巡すると、意を決して目を開いた。


「カイル。火の国国境で、人の出入りの監視を強化するよう、辺境隊に伝えよ。軍ではなく、頻繁に出入りしても怪しまれにくい行商人、流しの芸人団などを重点的警戒し、身元をあらためよ。それから、サラに伝えてもらえぬか。ゼスリーアの侍女に、一人暗衛を潜り込ませるようにと。火の国のものとの接触の痕跡を探させろ」

「御意」

「わたくしも、火の国対策を急ぎます」

 指示の前に先回りしたユーリを頼もしげに見つめ、スーインは二人に退室を促した。




 自室に戻った二人は、心配気なアリスの出迎えを受ける。

 しかしアリスは、庇うようにユーリの肩を抱いて入室してきたカイルの姿を見て、訳知り顔で明日の朝また参ります、というと部屋を退出していった。


 アリスを見届けると、カイルはユーリに向き直る。


「なぜ君は無茶ばかりするのだ」

 今日の全ての心配、知ってはいたが改めて聞かされた過去の過酷な状況……様々なことが、カイルを突き動かす。

「怒らないでよ……カイルが信じてくれてるから、できたことよ。カイルが守ってくれるなら、策略では絶対勝って見せられるわ」


 ユーリは背伸びすると、そっとカイルに口づけする。カイルはそんなユーリを抱きしめた。

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