1章-6 (1章終)

 しかし、こんな話をどう話せばよいのか。

 言葉を尽くせば尽くすほど、継承せねばならない、という純粋な気持ちから離れていきそうで、イフラームはスーインの「なぜあの火事を生き延びたのか?」の質問を、はぐらかすことしかできない。


「イフラーム……あれから何年も経った。

 火事からどうやって生き延びたのか、それ自体はもはや本質ではない。ただ、あなたがそれを語らないという事実が、わたしには問題なの。その経験が、あなたにとって何か語れない理由とつながっているのなら――

 それを伏せたままで、今後も共に道を歩めるのか、わたしには判断ができない。

 ラーニアのことも同じ。彼女があなたにとってどういう存在なのか、その答えがわからないままでは……わたし一人が、絆を信じて進むわけにはいかないわ」

 

 鉄の女。


 宮廷で口さがない貴族どもが、スーインを影で……いや半ば公然とそう呼んでいる。


 その鉄の女が、なぜそんなに自分があの火事から逃げおおせたのかを、特に今、知りたがるのか、なんとなくわかったような気がした。


「スー。私の真実など……私はそんなに深い人間ではないよ。ただの滅亡氏族の生き残りだ。隠していることは、ないよ」


 イフラームは少し息を継ぐ。


「ラーニアのことは……仮にだ、私由来の異能だとして……それでなにか育て方は、変わるのか?」

「……変わらない」

「であれば、普通に強い異能を持つ子として育てるのと、何が違うの?」

「……違わないかも、しれない」


 スーインがぽつりと答える。


 政治能力に長け、武芸にも通じる、宮廷を泳ぎ切るには十分すぎる能力を持つ鉄の女、スーイン。だから、ラーニアの異能の強さが、将来の彼女の傷にならないかと、おそらくもう気を回しているのだろう、とイフラームは推測する。


「スーは、ラーニアをどう育てるつもり?」

「ラーニアは、わたしの後継よ」


 間髪入れず、スーインはそう答える。


 人は、持って生まれた運命にある程度左右されてしまう。右大公家に、最強クラスの異能を持った娘、として生まれた以上、スーインの後継であるということは、避けて通れないことだとスーインは考えている。


「ただ……それを拒否する権利は、ラーニアにあるとは思っている」


 続く言葉に、イフラームは密かに驚く。後継拒否の選択肢など、『鉄の女』が娘に与えることなどないと考えていたからだ。場合によっては、自分の命を引き換えにしてでも、ラーニアの選択を守る必要があるかもしれない、とすら思ったことがある。

 しかしイフラームは、その動揺は決して顔に出さない。


「でもね、拒否したとて、わたしの後継である事実は消せないわ……拒否するならしたで、それを引き受ける強さは絶対に必要なの……おそらく、運命を受け入れるよりも、それは厳しいことだと思うのよ……」


 自分が今まで歩いてきた道を考えると、運命を受け入れることがどれほどの犠牲を払うことか、知っている。それでも。


「そうか……それはそうだろうな」


 イフラームもまた、王族としての自覚と矜持を持っている。スーインの言うことは理解できる。


「国は……国家は魔物だと思うわ。王家や筆頭貴族って、結局のところ、国を守る生贄に過ぎないって、最近思う……」


 静かなスーインの声。


 愛する人を自覚した瞬間に、一生手に入らないことを自覚するとか。

 人に権力の犠牲になることを強いるとか。


 やりたくてやっているわけではない。

 こんな運命からラーニアを出せるものなら、出したい。


「そうか……生贄か……」


 結局、別の運命にて生き残ってはしまったが、民に殉ずるために異能の発動を諦めたあの行為も、スーインの言う通り、血に飢えた国という魔物に魅入られた結果か。イフラームは同意を示すため、スーインの肩に手を回す。


「でも、生贄にも生贄自身の生き方を選ぶ権利はあるな」


 スーインが、自らの意思で右大公家の当主を務めるように。

 イフラームが、継承の想いを胸に業火を生き残ったように。


「そういう生き方を、ラーニアにはさせたいのだね」


 決意を湛えた黒い瞳を、スーインは真っ直ぐにイフラームへ向ける。


「わかった。であれば、ラーニアの異能は封じず、成長と共にちょっとずつ発現するように調整しよう。それでよいかな?」


「願ってもないことだわ……でもイフラーム……それってどういう……」


 世の中には様々な異能がある。歴史遡れば、おそらく無数に。

 スーインは自身にも異能があること、右大公家の当主という立場から、全てとは言わないが主要であったり、権力に都合が良かったりするものの大部分は把握している。


 もしも、他人の異能を調整できるような力が世に存在しているなら、自分が知らないはずはない、とスーインは確信している。なのに……今、イフラームが話した異能の種類は、知らない……


 イフラームは腕を肩から外し、スーインに向き直ると両手を取った。


「もう風の民も滅亡したから言っていいだろう……我々の権力の源泉は、他人の異能を調整する力だったのだよ」


 それならば、それは風の民の王族門外不出の秘密。自分がその異能が存在することを知らなかったのも道理ではあるが……


 あまりの衝撃に、スーインは思考を巡らせる余裕もなく、ただラーニアの能力調整に頷くことで、その場を保つしかなかった。


**

 隣で眠る美しい男。

 王位継承権すら持つ可能性のある、身分の高い者だとはわかっている。

 しかしよく考えると、イフラームはそれについて今までに一度も明確に肯定をしていない。


 言いたくないなら、別にいいだろうとスーインはあまり気にも留めていなかった。

 

 しかし、さっき語った、氏族の権力の源泉の話。内容自体も当然衝撃的ではあるが、なにより、それを『イフラーム自身が語ったこと』自体にスーインは衝撃を受けた。


 権力の源泉を知るのは、本当に権力に近い者のみ。権力の源泉自体も、それが秘匿される情報であることも、一般貴族では知ることさえできない情報だ。


 その情報を、水の国の権力の源泉を知るスーインに話してきたということは、その情報を知る事ができる、風の民のかなり高貴な血だと認めたようなものだ。


 まさか、うっかりではあるまい。これほど長い間、高貴な血だと明確に答えなかった男だ、意図して話した、もしくは高貴な血と認める覚悟を固めて話したに決まっている。


「あなたは、一体なにをしたいの?」


 スーインはそっと、隣に眠る男の整った横顔に手を添える。


 こんなに近い関係になったのに、未だ本心がわからないことに、深い悲しみを感じながら。

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