1章-5

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 改めて、イフラームの榛色の瞳を見つめる。イフラームの瞳は、初めて見たあの時から美しい榛色をたたえ、いつも静かに凪いでいる――彼の心の奥底の真実は、おかげでいつも見えず、瞳の奥にあるものは、いまだスーインは見通せていない。


 ラーニアの異能のもとはあなたね?と問いかけても、イフラームの瞳は相変わらず凪いでいる。


「そうでしょ?あなたの異能はわたしよりも遥かに強い」


 そうでなければ、最強クラスと言われた自分を上回る力を、ラーニアが発揮するとは考えにくい。なのに。


「親を超える異能を持つ子だっているだろう?」


 相変わらず、イフラームは淡々と答える。というよりは、スーインの疑問を巧みにかわした、と言うべきか。

 だが、ごまかされはしない。スーインはじっと視線を返し、静かに反論を重ねた。


「イフラーム。あの時はあえて追及しなかったけど……やはり、あの火事を生き延びたのは、あなたの異能の力よね?風を操って、火に巻かれないようにしたんだわ……間違ってないでしょう?」


「同胞すべてを失うのに、なぜ一人だけ生き延びる?」


 想像以上に昏いイフラームの声に、スーインは思わず息を呑む。


 そうなのだ。風の異能を使って生き延びた――そこまでは容易に推測がつく。

 だが、「なぜそうしたのか」という動機だけが見えてこない。

 その動機が読めない以上、スーインにも「異能で火事から逃げおおせた」と断定することはできなかった。


 一部の暗君の例外はあるが、王族や王家が健やかで長寿たらんとするのは、基本的には民と国家が守る、という大義名分があるからだ。その大義名分がなければ、自分が生き延びる理由などどこにもないと考えるのが、王族や王家、そしてそれを支える上級貴族というものだ。

 スーインも、もしも自分があの時の状況に立ったとしたら、生き残るのではなく民と国家に殉ずる道を選ぶはずだ。一人だけ残っても意味はない。


 ――では、異能を使って生き残った、というのはやはり考えすぎなのだろうか?

 スーインは自分の考えに確信が持てず、先に進むことができない。



**

 黒曜石のような漆黒の瞳をまっすぐ向けてくるスーインを見返しながら、イフラームは、水の民の女性には珍しいその強い意志に、改めて感嘆していた。


 なぜ命の泉を枯らすほど異能を使い、あの場を生き延びたか。

 それを一言で言うことは、じつはイフラームにとっては難しいことではなかった。


 継承せねばならない。


 ただ、それだけ。

 が、「何を、誰に」という次に来るべき疑問には答えられないのだ。


 いつから「継承せねばならない」と思っていただろうか?物心ついた時から、イフラームはそう思い続けてきた。幼いころは、風の民の次世代の王として、民たちに風の民として生きる場と術を継承しなければならない、その気持ちが「継承せねばならない」になっているのだ、と思っていた。


 が、だんだん世のことわりがわかってくると、風の民という民族が、国家が、もう袋小路に、入ってしまっていることをイフラームは完全に理解してしまった。


 なのになぜか、継承せねばならない、という気持ちを消すことはできなかった。


 あの日。

 業火にまかれ、一度は民に殉ずる覚悟を固めた。


 だが。


 継承せねばならない。


 その想いが、異能を発動させた。無意識だったし、制御もできなかった。後になってみれば、制御不能だったから、命の泉を使い果たすことになったのだと思う。意識を失う寸前に、火事では死なぬのに異能の使いすぎで死ぬではないか。と思ったことを、イフラームは微かに覚えている。


 だから目が覚めたとき、生きていることが信じられなかった。暴走した異能が自分を食い尽くしたと信じていたからだ。


 そして、その次に聞いた、自分の名を呼ぶ女性の声。

 その声の主の姿を見て、雷に打たれたかのように確信した。


 この人だ。継承の相手。


 相変わらず何を継承したいのかはわからない。が、間違いなく相手は彼女で、だから自分はあの業火を生き延びたのだ。と確信できた。

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