第6話
翌日の昼休み、自席でお弁当を食べ終わってから、私はのろのろと立ち上がった。後ろを向いて、藤原の顔を見る。
「大丈夫や、頑張れ」
「ダメ、私、演技とか、ほんとに無理」
化学の教科書を抱えたまま、藤原に背中を押されて、重い足取りで教室から出た。
昨日、藤原に提案されて、近ちゃんの部屋で藤原と何回も練習したけれど、まだ自信がなかった。もし失敗したら、花音ちゃんと近ちゃんの仲が余計にこじれるかも知れない。
隣のクラスの後部扉から中を覗いて、花音ちゃんの姿を探した。
化学の教科書を持って席を離れた花音ちゃんを見つけた。前扉に向かっている。私は自分が抱えているのが同じ化学の教科書であること、そして次の授業で花音ちゃんが開く予定のページに挟んだ封筒を確認する。
廊下に出て理科実験室に向かう花音ちゃんを追いかけて、後ろから、わざとぶつかった。
力の加減がわからず、強くやり過ぎたのか、花音ちゃんは思いっきりよろけて、持っていた教科書とノートと筆箱を全部、床に落とした。
「うわ! ごめん!」
私は演技ではなく本気で謝った。
「花音ちゃん、だ……大丈夫?!」
「なに? 誰? ……理子ちゃん?」
花音ちゃんは振り返って目を細めた。はずみでメガネがズレて鼻メガネになっていて、よく見えていないようだった。
その隙に急いで床にしゃがみ、落ちた花音ちゃんの教科書と、自分の教科書を入れ替えた。
「ほんとにごめんね。はい、これ」
自分の教科書を、まるで花音ちゃんの教科書みたいに手で払ってきれいにする所作をして、花音ちゃんに手渡した。
「ほら、早くいかないと。理科実験室、別館だから、遠いから」
「うん」
花音ちゃんはメガネをかけ直して、歩き出した。
五時間目の授業中、私は机の中に入れたスマホを少しだけ出して画面を見ながら、理科実験室の教卓に置いてきた花瓶がばれないかと心配していた。その花瓶は実はフェイクで、花の中に小さな隠しカメラが仕込んである。ネットで買った盗撮用のカメラで、小さいけれど教室一体を映せるようになっていた。そんな商品を買う日がくるとは、思いもしなかった。
そこで撮った映像は、そのまま私のスマホに転送されてくるように繋げてある。
スマホ画面に映った理科実験室で花音ちゃんを探して、アップにした。
花音ちゃんはまだ教科書を開いていない。配られたプリントを見ているみたいだった。
理科の先生が何か説明しているみたいだけれど、スマホの音声を切っているので聞こえない。
花音ちゃんが教科書を開いた。私は緊張しながらスマホに顔を近づけた。無事、封筒に気づいてくれるだろうかと心配した時、花音ちゃんが封筒を手に取った。
表に書いた[中村花音さま]の文字を見て、封筒を裏返した。裏には何も書いていないし、封もしていない。
花音ちゃんは首を傾げながら封筒を開けて、便せんを取り出した。全部で五枚もあるのに気づき、驚いたのか、慌てて机の下に便せんを隠した。先生のほうを見て、隙を盗んで便せんを見ている。
花音ちゃんが便せんに気づいたのを確認できたので、私も先生に見つからないうちにと、スマホの画面を消した。
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