第3話


 その夜、寝る前にスマホを開けると、学年ラインに写真が上がっていた。

 ウチの高校の制服を着た、男女二人の写真だった。

「えっ?!」

 思わず声が漏れた。顔をよく見たら、私と藤原くんだったのだ。

 図書室のテーブルで、楽しそうに話している。

 ずらずらと皆がコメントしていた。

「学校の図書室で、エグッ!」

「見せびらかすな!」

「こんなヤツらは、即刻、抹殺!」

 用心して、隠れた奥の机に行ったのに。

 私は頭を抱えた。


「おはようさん~」

 翌朝、後ろの席から大声で話しかけてくる藤原くんに、私は無言で広げたノートを見せた。

「今はヤバいから、昼休み、図書クラブの受け付けの時に話そう」

 わざわざノートに書いたのに、藤原くんが声に出して「今はヤバ……」と読み上げ出した。私は慌てて「シーッ!」と人差し指を口に当てて藤原くんを黙らせた。ほんと、こいつ、空気読めなくて手がかかる。

 昼休みになり、図書室の貸し出しコーナーの受け付けで、藤原と並んで貸し出しの仕事をこなした。もう、くん呼びはやめた。こいつなんか初めから私のことを桜井って呼び捨てにしているんだから、私だって同じ扱いにしてやる。

 並ぶ生徒がいなくなり、貸し出しコーナーが暇になったのを見計らって、私はスマホ画面に学年ラインを出した。受付けテーブルの下でこっそりと、写真とコメントを藤原に見せる。

「え? これ、オレら?」

 藤原の声が大きかったので、私はまた、自分の口に人差し指を立てて当てた。

「でも、なんでこの写真が、エグいん?」

 もう、やっぱり何もわかってない! 私はノートを出した。広げてそこで、筆談を始める。

「ウチの学校では、たとえ付き合ってる仲でも、学校では話さないの」

 藤原が読み終えるのを待って、私はペンを渡した。

「なんで?」と書いて、藤原は目を丸くしてこっちを見た。今度は私がペンを受け取り、答えを書く。

「女子同士でも一日に五人としか話さないのに、男女で話すなんて、ありえないから」

 私の文を見た藤原は、ますます目を丸くして見せた。

「転校してきた時からヘンやなって思ってたけど、なんでみんな、普通に話さへんの?

そもそも、校則で決められてるから話すとか、イジョーやし」

 書き終えた藤原はペンをノートの上に置くと、わざとらしく両手を広げて手の平を上に向けて、首を傾げた。

「みんな、できるだけ会話したくないのよ。もし失言したら、学年ラインで叩かれるし」

「失言って?」

「ちょっとでも悪口っぽいこととか、自慢っぽいことをうかうか言ってしまったら、学年じゅうから叩かれるの!」

 書きなぐったあと、私は音が鳴るくらい強くペンをノートに置いてしまった。

読んだ藤原は、空中を見て少し考えたあと、ペンを走らせた。

「桜井も叩かれたこと、あるん?」

 書き終えても藤原はペンを持ったまま、私の顔を覗き込んだ。

 私は軽く首を横に振ってから、返事を書いた。

「私は昨日、写真をアップされたのが初めてだけど……。最近では、ウチのクラスの田中さんがすごい叩かれて」

「その人、何したん?」

「説明すると長いけど?」

 私は藤原の顔を見た。

「いいよ、書いて」

 藤原も私の顔を見てから、催促するみたいにアゴでノートを指した。

「田中さんと、隣のクラスの鈴木さんは幼馴染みらしいんだけど、今はクラスも違うし、一緒に遊んだりしてなくて。で、鈴木さんとたまたま、駅前のマクドで会った時、田中さんが鈴木さんに微笑んで『久しぶり』って小さく言ったのに、シカトされたって、学年のラインで訴えたの。でも鈴木さんは『シカトなんかしてない。一緒にいたお姉ちゃんと会話中だったのに、わざわざ中断して、ちゃんと微笑み返した』って怒って学年ラインで訴え返したの」

私の長い説明を読み終えた藤原が、鼻から息を吐いて笑った。

「笑いごとじゃないでしょ!」

 私は声に出して言ってしまってから、周囲を確認した。けれど、誰も私と藤原を気にしている様子はなかった。

「ごめんごめん」

 藤原は笑いを堪えながらペンを持った。

「他には?」

 私はまたペンを受け取って返事を書く。

「テスト前に高橋さんが、会話グループの女子メンバーからノートを貸してって言われたとき、『ごめん、今、彼氏が持ってる』って言ったらしくて。そしたら、学年ラインで『彼氏自慢するな!』って大騒ぎになって」

「うそやろ? そんなことで?」

 藤原が声に出したので、私はまた人差し指を立てて制した。藤原は慌ててペンを持った。

「いつからそんなことになってんの?」

藤原が書き終わったと同時に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り出した。

もういいか、と私はちょっと面倒臭くなってきた。

けれど、空気の読めないこいつは、何も知らないと早々に標的にされそうなタイプだと分析する。まあ、叩かれてもスマホも持ってないし、気づかないだろうけど。きっと私が気づいてしまうんだよね。そしたら教えないのも意地悪いし、いくら他人事でも気分良いものではないし。

いろいろ考えたあげく、私は慌ててノートに書きなぐった。

「この続きは放課後に。野球部のネット裏から階段を下りたところの裏門で待ってて」

 読んだ藤原が私の顔を見て頷いた。

 

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