才能

 私はエル高校に通う平凡な女子高生、1年2組出席番号3番、エム原エヌ子。


 私には全然やりたいことも、得意なこともない。だからもう5月だというのに、どの部活に入ろうかまだ悩んでいる。

 周りの友達はほとんど部活を決めちゃって、最近楽しそう。その分帰り道もぼっちのことが多くなって、結構寂しい。

 学校が終わって、セブイレに寄っておやつを買ってから、十三という駅に向かう。そこが私の最寄り駅。


──はぁ……めんどくさいことは考えずに、次のセブチのライブのことだけ考えていたいな……。


 頭の中で推しアイドルのことを考えて現実逃避しても、悩み事は解決しない。

 来週の19日が部活希望届の提出締切日。それまでに決めないと、うちの高校では来年まで、部活に入れなくなっちゃうのだ。

 どうしようかな……と悶々としながら歩いていると、後ろから背中をポンと叩かれた。

 振り返ったら、にーさんがいた。

 とてもいい大学に通っている、我が家の期待の星だ。


「お疲れ。エヌ子も学校の帰りだろ? 俺も大学が早めに終わったんだ。いっしょに帰ろうぜ」

「うん」

「そういえば今日の晩飯、ニクって母さんが言ってたよ。楽しみだな」

「うん……」

「あれ? どうした、浮かない顔して」

「いや……来週までに部活を決めないといけないんだけど、まだどこにするか迷っててさ。私、得意なことないし……」


 私が本音を打ち明けたら、きょとんとされて、それからブフッと吹き出された。


「なんで笑うのよ! 私は真剣に悩んでるのに!」

「だってさ、俺から見たら、エヌ子の得意なことなんて一目瞭然だもん。悩む必要なんてないと思うけどな……。──そうだ、今から帰っても家に早く着きすぎるしさ、ちょっとサーティワンでアイス食ってこうぜ。おごるよ。」

「いいの?」

「うん。悩んでるなら甘いものでも食っとけ」


 そう言って、駅前のアイスクリーム屋を指さした。

 私はチョロいことに、嬉しくなってしまった。

 こういうさりげなく気遣ってくれるところは、優しい。


「ありがと……。でも、笑われたこと、まだ全然納得いってないんですけど……!」

「まだ本気で言ってるのか? エヌ子が得意なことなんて、数学に決まってるだろ、数学!」

「数学ぅ?」


 うんうんと、なぜだか誇らしそうな顔で頷かれる。


「数学部とかないのかよ。学生数学オリンピックとかあるだろ。部活でそれを目指すとか、青春なんじゃないか?」

「確かにエル高校には数学部あるけど……。別に私、数学が得意なんてことないよ?」


 私が真面目に言うと、ついには呆れた顔をされた。

 それから、スマホを持ち出して、何か入力し始めた。

 かと思えば、急に電卓アプリを見せてきた。

 画面には『65,231』の数字。


「デデン。問題です。この数字を素因数分解せよ」

「なにそれ。簡単だよ、37、41、43でしょ?」


 また呆れ顔をされた。しかも、今度はちょっと引いていた。


「ほれ見ろ。これを見てすぐに答えが分かるJKなんて、47都道府県探し回ってもお前しかいないよ」

「いるよ!」

「いないね。お前は数学の天才なんだ」

「……」


 確かに、同じようなことを言われたことはあるけど、私は全然信じられない。

 だって、数字を見たらふわっと声が聞こえてくるみたいに答えが分かるのなんて、普通じゃない?

 みんな、それは普通じゃないっていうから、実際、おかしいのは私の方なんだろうけどさ……。

 それでも数字の方から答えを教えてくれるのは、普通だよ。

━━なんて想いだけが、私にはどうしても割り切れない。

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