第28話 腹黒、攫われる
池袋ダンジョン第四層、第五層、第六層の平原フロア。翠花一行は、それをあっさりと突破していた。
翠花の麻痺魔弾はオークをしっかりと足止めし、その先に前衛二人がオークを仕留める。
四人は完成された連携でもって先へ先へと進む。ミノタウロスからの退避もあっさりと成功し、目的地であった第二チェックポイントにたどり着いた。
◇◆◇◆◇
第二チェックポイントに到達した一行は、後続の到着を待つ。
全チームが制限時間内に到達、というわけには残念ながらいかず、数チームが制限時間を迎えてリタイア。
その後、表彰式。──クリアタイムとその技術の精度から、段々坂高校ダンジョン探索部は一位だった。
少人数制には全国的な大会はないから、ダンジョン探索部の少人数制競技はここで終了となる。
どこか寂しいような、されどかなりの満足感。
この競技に参加するのは、これまでの大人数競技で日の目を浴びなかった学生たちだ。
各々が、初めての充足感に感慨深さを覚える中で、翠花は礼堂を探していた。
この結果を見せつけ、そして彼に、自分が足手纏いではない、と認めさせるのだ。
探している間にも、準優勝だった満沢高校のコーチをしていた男が挨拶にやってきた。若い男だ。痩せこけて、顔色は悪い。その目に仄暗いものを感じて思わず警戒してしまうが、応対しなければ無礼に当たるだろう。
「おめでとう……でいいかな」
「あら、ありが……」
話しかけてきた男を無碍にするわけにも行かず、翠花は歓迎しようとするも、男は翠花の横を通り過ぎた。
「……はあ?」
見え透いた、されど突然の挑発。
苛立ち混じりに怪訝な顔をして振り返ると、男は海野に何やら箱を渡そうとしていた。
「アイツから聞いてるだろ?」
「やだ……嫌、です。あの子を犠牲に、なんて」
「……はあ、じゃいいよ」
海野は押し付けられたそれに対して、いやいや、と首を横に振って押し退けようとする。
男はそれを見て突然不機嫌になると、ため息をつきながら、箱を海野に向かって開いた。
「お前が"代わり"だ」
「え」
箱の中から黒い霧が溢れ出す。
周囲が暗闇に染まり騒然となる中、第六層とは色違いの、真っ赤なミノタウロスが現れる。同時、その剛腕が目前にいた海野に迫る──。
「何なのッ!?」
翠花は煙幕に入ると、中にいた海野を引っ張り出した。しかしその勢いで、代わりに自分がミノタウロスの目の前に晒される形になる。
「ブモオオオオオオッ」
「ひぎ……っ」
ミノタウロスは巨大な手を勢いよく突き出して翠花を捕まえ、その握力に苦痛で呻く翠花を意にも介さず、大声で雄叫びを上げた。
「何やってんだ!」
突然発生した黒い霧に、その中から聞こえるモンスターの叫び声。その場にいた引率の教師やダンジョン協会、プロの探索者達は事態に気づいて駆けつけてきた。
騒然とする会場の中で、男は抵抗することなく捕縛される。そんな中で、男は黒い霧の中にいるミノタウロスに向かって『命令』した。
「『連れてけ』、九層だ」
「くそっ……なんのつもりだ!」
「へへ……なんだろうなぁ?」
男がそう言うと同時、翠花を捕まえたミノタウロスが黒い霧の中から飛び出してきた。
第六層や、池袋ダンジョンの深層で戦うような個体ではない。体格こそ少し小さくなっているが、反面、禍々しく巨大化して捻じ曲がったツノに、肥大化した僧帽筋。そして、返り血で染まったような色の表皮が異なっている。
プロの探索者達が回り込んで押さえ込もうとするも、赤いミノタウロスはそれを腕の一本で振り払った。風を切る音に、遅れて突風が探索者達に襲い掛かる。
吹き飛ばされる大人達や観客を置いて、ミノタウロスは地下深くへと向かって行った。
◇◆◇◆◇
「な……何が起こって……」
画面を通して、チェックポイントの様子を見ていた観客席は唖然としていた。
パニックになり、ダンジョンの外へ逃げ出していく人々や、子供を心配する親の姿も目につく。
動揺する礼堂の目には、連れ去られる翠花の姿が映っていた。
「礼堂くん」
「……未亜」
「行って。あの子を……助けて」
自分が行ってどうにかなるのか。そんな考えが脳裏をよぎったが、決心するのに時間は掛からなかった。──未亜の一言で、礼堂の意は決していた。
「……ああ」
礼堂は勢いよくフリースペースを飛び出す。目的は、即座に野次馬が出ないように協会員が守りに入った、黒い筐体だ。
「あ、おい!」
ステータスの力で制止する協会員をすり抜け、マイルストーンを起動した。協会員は止めようと迫るが、未亜が氷魔法で壁を生み出して足止めをしてくれる。
そのまま、第二チェックポイントへとワープする、直前──。
「礼堂くん!」
「ん?」
「これ!」
投擲訓練によって鍛えられた未亜の投擲によって、中に瓶でも入っているのか、重みのある丸められた紙の束が投げ渡された。
それを受け取り、感謝を述べようとするも、未亜は自分の唇に手を当てる。
ジェスチャー通りに黙ると、未亜は顔を赤らめ、首を傾けながら──。
「………………帰ってきて、ね。それと、だいすき……だよ」
礼堂は反応する間もなく、ワープが作動した。
◇◆◇◆◇
──何が起こった!?!?!?
情報過多だ。何もかも不意打ちがすぎて、礼堂はショートしそうな脳みそを必死に動かした。
幸い、彼の脳みその容量は多くない。二つのことを同時に思考するリソースはなかったがゆえに、とりあえずは翠花の方に意識を集中させることができそうだ。
……否。もちろん無理だ。
刀も持っていない礼堂土陽に、そんな器用な真似はできない。
「どういう意図なんだよ〜……」
情けない声を上げながら、礼堂は第二チェックポイントのマイルストーンから下層に降りる階段まで走って行った。
ミノタウロスを何度も倒し、経験値稼ぎこそした。だが、第二チェックポイント以降は礼堂にとって未開の地だ。
混乱と人で埋め尽くされた雑踏を、屋根や壁を利用しながら渡っていく。パイプのテントは、礼堂が屋根の骨組みに乗ると簡単にぐらりと揺れるが、一応は保ってくれた。
崩れるより早く次のテントへと移り、跳ねるように高速で駆け抜ける。
走りながら未亜から受け取った紙の束を確認すると、中にMP回復のポーションの入った瓶を、地図で包んだものだった。
「助かるなぁ!」
7層以降の地図だろう紙に、壁で赤く印が書かれている。どうやら、どの壁をぶっ壊せば最短距離で効率よく進めるのかを、予め用意してくれていたらしい。
特に今のような、逼迫した状況ではなくてはならないものだ。未亜の心遣いに感謝しながら、礼堂は人が一際多く集まっている、翠花の攫われた地点を抜けて、下層への階段に飛び込んだ。
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