第27話 腹黒、大会に出る
──翠花の出る大会の当日。
教室に花柳翠花の姿はない。
当然だ。彼女は部活のために公欠である。
礼堂も本当は休みたかったが、そういうわけにもいかなかった。特段成績がいいわけでもない礼堂にとって、出席までなくなれば補習でダンジョンに潜れる時間が減るかもしれない。
去年、翠花からそんな風に諭されて以降、礼堂は授業だけはちゃんと出るようにしていたのだった。
とはいえ、土曜日であるため、授業は午前で終わりだ。昼になったら池袋ダンジョンまで飛んで行くと決めていた。
授業中とどこかソワソワとした様子の礼堂をからかって、両川は背後から肩にチョップ。
ビグッ!? と跳ね上がった礼堂の姿に、両川は思いっきり吹き出し、二人仲良く先生に怒られた。
そんな一幕もあったが、授業やホームルームは何事もなく終了する鐘が鳴った
「──じゃ、行ってくる」
「おう、行ってこい」
両川に挨拶を済ませると、礼堂土陽は、全速力でその場から走り出した。
◇◆◇◆◇
時間は少し戻り、午前11時。大会の競技開始から一時間が経過していた。
花柳翠花たち、私立段々坂高校ダンジョン探索部の少人数チームは、順調にダンジョンの攻略を進めていた。
競技シーンでは、探索用ドローンによる観測をもとに、倒したモンスターの数と戦闘の安定感、そしてスピードでポイントが加算される。
これまでで一番のスピードと精度だ。
この調子でいけば入賞も夢じゃないかもしれない。特に、翠花の魔弾の冴えと、三年生のナイフ術の調子がいい。
「そこ、来るよ」
海野の言葉に従い、魔弾を構えながら先に進むと──スケルトンとスライムだ。
出会い頭に翠花によってその頭部に放たれた魔弾は、吸い込まれるようにスケルトンの弱点である頭蓋を貫いた。
同時に、二年生男子の槍もスライムの核を貫いた。二体のモンスターが消滅し、翠花たちのレベルが上昇する。
「さすがは段々坂ですね」
「ああ、快進撃だな。速度も一番だ」
一行は素早くスキルポイントを割り振り、再び進む。そんな姿に、審査員も満足げに頷いていた。
「少人数制なんて言い出された時はどうなるかと思ったが──……」
「ええ、こう見ると、いいものですね」
審査員の言葉に、別の審査員が頷いた。
ダンジョン探索は確かに、命の危険こそない。だが、それとこれとは別の話だ。
リスクとして付き纏うステータスの低下や死亡時のPTSDなどは、簡単に容認するわけにはいかない問題である。できる限り安全に戦わせたいダンジョン探索協会にとって、少人数制の導入などもってのほかだった。
「──来たわね」
そんな協会の思惑も知らず、翠花一行はボス部屋の前にたどり着いた。
「お、もうボス部屋か」
「最速記録じゃないか?」
その速度に、会場内はざわめき始める。
一時間と少しでボス部屋到達というのは、類を見ない速度だった。礼堂と翠花との攻略でさえ、ボス部屋への到達にはスキルの練習時間を差し置いても三時間程度はかかっていた。大人数制でも、二時間程度はかかるのが通例だ。
ボス部屋への到達時間を記録し、ドローンと共に一行はボス部屋へと入る。
中は薄暗い部屋に、大量のモンスター。
モンスターの数や種類はいつも通りの配置だ。
「いつも通りに行くわよッ!」
「ゲギャギャギャッ!」
翠花の号令に頷き、前衛二人は一斉に駆け出した。一方のゴブリンリーダーも相対するように号令をかけ、ウルフライダーが二人に向かってくる。
「私が!」
海野は叫びながら、三年生側のウルフライダーの直前に障壁を展開。
ゴブリンがまたがる狼は、勢いよく頭蓋を障壁に打ち付け、首の骨を折って倒れた。
三年生は現れた障壁をよじ登ると、そこからシールドゴブリンの盾を足場に、八艘跳びで渡り歩く。
リーダーの号令を受けたスケルトンが腕を外して投げつけるも、海野の出した障壁が三年生を守護した。
「援護するわ!」
翠花は言いながら、前衛二人の前に立ち塞がる敵に、それぞれ麻痺魔弾を撃ち込む。
麻痺を食らって動きの止まったゴブリンたちは、呆気なく首を刎ねられた。
「よしッ!」
他校が追いつかないほどの攻略スピード、この調子で差を広げていこう。
翠花と前衛二人の掃討により、ボス部屋は呆気なく全滅した。
◇◆◇◆◇
「お、まじか……早えな」
礼堂は電車内で配信を通して、翠花たちが第三層のボス部屋をクリアした瞬間を確認していた。
ここから第一チェックポイントでキャンプ敷設などの課題をクリアした後、第二チェックポイントへ向かう手筈になっている。
電車に乗っている時間は15分もないから、第四層以降の攻略は現地で見ることができるだろう。
そんなことを考えている間にも、電車は池袋に到着した。
配信を見ながら、駅直結の地下通路を通って池袋ダンジョンに向かう。
その間にも、翠花はスキルにより拠点作成を手早く済ませ、課されていた武具の整備や炊事技術の確認なども済ませてしまった。
海野や前衛二人も手伝いながらではあるが、翠花のスキルの特性ゆえに、一人で三人を凌駕する働きをする様は圧巻だった。
「さすが『支援』……」
礼堂は配信を見ながら、ぽつりと呟いていた。
『支援』ならなんでもできる。
その万能性が翠花のスキルの強みだ。
元来彼女が持っていた家事技術も遺憾なく発揮され、進行は非常にスムーズに進んでいる。
それなりの戦闘能力や、敵に対する妨害能力も有することを加味すれば、ダンジョン探索のパーティに必ず一人は欲しいような人材。
競技ではなく、自分とやっているような「攻略」シーンであれば、彼女は引く手数多だ。
「戻ってきてくれないかなー……」
礼堂はポツリと呟いていた。それは、彼女が探索者として有用だから、というだけではないけれど。
この大会が終わったら、彼女は戻ってきてくれるのだろうか。──否、そもそもその前に、ちゃんと話し合わなければならないはずだ。
そんなことを考えている間にも、後続のチームが翠花たちに追いつき、準備を始めた。と、同時に翠花のチームは審査員による評定が始まっていた。
これが終わり次第、彼女たちは第四層へ出発だろう。スピードだけで見るなら、もはや後続と翠花達の間には、埋められない差が生まれていた。
「ん……?」
見ていて、どこか違和感があった。
海野の視線が後続の他校に向けられている。それだけならいいが、視線が合ったような──。
気にしているうちに、礼堂も池袋ダンジョンに辿り着いた。客向けの観戦場所である受付前のフリースペースでは、学生たちを応援しようという人集りで溢れていた。
何人か、プロの探索者やラフな格好の変なおじさん、それにスカウトらしきスーツの男性も目についた。
「……外で待ってようかな」
「あ……礼堂くん。こっち、だよ」
「未亜!」
どうにもあの日──翠花と喧嘩別れをしてしまった日から、雑踏が苦手だった。
礼堂が気後れしていると、名前を呼ぶ声。そっちを向くと、ベンチに座ってこちらに手をひらひらと振る小峰未亜がそこにいた。
「どうしてここに?」
「や……ウチは公立で、土曜休みだから……勉強」
古宮高校は人数が足りないせいで出場こそ出来なかったが、彼らもまたダンジョン探索部である。
来年以降のための予習、ということなのだろう。えらい。
「あとで渡したいものがある」
「渡したいもの?」
「うん。何なのかはお楽しみ。それはさておき、この大会が終わったら……どうする、の?」
「うぐっ」
一番返答に困る質問だった。
ここ最近は、未亜とのミノタウロス周回が日課だった。メキメキとレベルも上がっている。今ならば、もはや花柳翠花を危険に曝すことなどあり得ないだろう。
けれど──本当にそれでいいのか。
何か致命的なところで、間違っているのではないか。
この間違いが解けない限り、彼女との冒険は戻ってこないような、そんな気がした。
「────あの子も、ね」
「ん?」
「あの子も……"女の子"なら。助けてもらったら、嬉しいと思うよ」
「それは……」
「でも悔しい。それもきっと、あの子も同じ」
未亜の言葉に頷く。
助けられるのが悔しい、という気持ちもなんとなく理解できるようになっていた。
それは、未亜という自分以上の天才と触れて感じたことだった。一週間行動を共にして、彼女の天才性を礼堂は突きつけられていた。
自分の出来ないことをできてしまう、だけではない。
ミノタウロスでのレベリングを通して、未亜は最終的に、礼堂抜きで単身ミノタウロスを撃破するほどの火力を手にしていた。
自分が出来ないことをやってのけた上で、自分の存在理由も奪われる。
それが、悔しいことなのは間違いないのだ。
「……ああ、分かるよ」
今ならわかる。
言われて、ハッキリと理解できた。
助けたことそれ自体が問題なわけではない。──彼女だって、それが理由で自分と一緒にいてくれたのだから。
「存在理由がないのにいるのは……虚しいもんな」
「ん……そうだね」
未亜は、礼堂の言葉に頷いた。
「なあ、未亜。この大会が終わったら、攻略に一人増えてもいいか?」
「うん。……いいよ」
礼堂の言葉に、未亜は笑みを浮かべた。慈しむ目に、礼堂の姿を映して、頷いた。
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