第11話 筋肉、配信にのる

「怪我はない?」

「え、えと……うん、大丈夫」


 かつて翠花に言われたことを思い出し、いつもの調子が出ないように気をつけながら、礼堂は少女にそう尋ねた。

 制服の大人しそうな少女は、パンパンとスカートの埃を払いながら立ち上がった。


 ──ほっせえ足、というのが礼堂の最初の感想だった。

 立ち上がった少女の容姿は、華やか、と形容するにはちょっと違うタイプだ。

 むしろ、感じるとすればその逆……ある種の神聖さのある容姿をしている。


 透き通るような銀髪に、おそろしく白い肌。

 翠花以上に華奢な体に、礼堂は不安さえ覚えていた。


 探索者を志すようには、とてもじゃないが見えない少女だ。どっちかと言えば文学部とか、園芸部とか、そういうタイプ。


「──そっか、段々坂の子か。どうりで、強いわけだね」

「えーっと……君は?」

「あ、うん、ごめん。私は未亜」


 未亜、と名乗った少女が答えたところで、不意に地面からバッと喧しい声を立てながら何かが飛び上がった。

 新しいモンスターかとも一瞬構えたが、どうやらドローンのようだ。──そのドローンから、けたたましいと言うくらいの音声が流れているのだ。


『美亜ちゃん大丈夫!? 助けてくれてありがとう! 強え! GG!』

「……なにこれ」

「音声読み上げソフト、だよ?」


 思わず、その素っ頓狂さにぼやいた礼堂に、こてん、と首を傾けながら未亜と名乗る少女は答えた。どうやら相当な天然らしい、説明になっていない。


「私……古宮高校のダンジョン探索部なんだ。ウチの部活、ダンジョン配信やってて……」

「ああ、なるほど」


 合点がいった、と礼堂は頷いた。

 配信を見るのは趣味ではないが、その存在自体は知っている。


 無骨な、昔ながらのやり方を進める段々坂高校とは異なる。けれど、名門でもない部活が人数を集めようとすれば、こうした形で人気を獲得するしかない。


 ダンジョン探索との相性の良さも相まって、部費の獲得のためにも、ダンジョン探索の配信はそれなりに普及しているのだった。


『未亜ちゃんご飯食べないから……』

「うっさいなあ」

『ぎゃあ 暴力反対 カメラ揺れる』


 空中にふよふよと浮くドローンを、未亜は小さい拳でカツンと突いた。


「とりあえず落ち着かないし、緊急事態なんで配信きりまーす」

『お疲れ様 乙 乙 GG! ノシ 助けてくれてありがとう!』


 ふよふよと浮くドローンを未亜はぴょんぴょんと跳ね、小さな体でなんとか捕まえると、その背中にあるスイッチを押した。

 喧しい何かのキャラクターボイスも止み、未亜はふう、と胸を撫で下ろした。


「……とりあえず、帰ろうか」

「そう……ですね、そうしよう」



◇◆◇◆◇


「未亜! 無事!?」


 受付に戻ると、未亜と共に倒れていた男二人が、未亜と礼堂が戻ってきたのに気づいて駆け寄ってきた。


「あの! あなたが未亜を助けてくれたんですか!? ありがとうございました!」

「あ、ああ。二人も災難だったな」

「いえ! ドローンも未亜も無事みたいだし、よかったです! あなたのおかげなんですよね!? 本当にありがとうございます!」


 そう言って、男二人は地面に額を擦り付けるような勢いで礼堂に感謝を告げた。


「ほらー、困ってるよ礼堂くん」


 どうしようかと困っていると、未亜は礼堂に助け舟を出してくれた。


「お礼は今度にして、今は帰ろう?」

「え、でも、それはいいのか……?」

「いいよいいよ、礼なんて」

「そ、それなら……」


 なぜか未亜がお礼を先延ばしにすることを言い出して男たちは困惑する。だが、礼堂の言葉を受け、とりあえずはその通りにすることにした。


 古宮高校のダンジョン探索部が池袋ダンジョンの入り口を上がる中で、未亜は先に男子二人を行かせると、トテトテと階段を降りて礼堂のところに戻ってきた。


「あの、礼堂くん。今日はありがとう」

「おう。飯は食えよ」

「うるさいなあ」


 改めて感謝を伝えに来たが、礼堂の揶揄いに対し、未亜は礼堂の胸をぽすりと殴った。

 全然痛くないにも限度がある。心配になるくらいの拳の軽さだ。


「じゃ、またアプリで連絡するから。……またね、です」

「おう、じゃあまた」


 礼堂は別れを告げる未亜に返事をして、階段を上がっていく未亜を見送った。


「……あ、武器買えてないや」


 なので当然ながら、壁破壊の実験も出来ていない。


 結果として、今日の目標のほとんどを達成できなかったことになる。

 だが、スキルを発動する感覚も掴めたし、その上で換金できるだけマシだろう。


 礼堂は自分にそう言い聞かせ、受付で換金を依頼した。未亜がモンスターに襲われていたのは逆に礼堂にとっては魔石や経験値を得るチャンスにもなってくれた。おかげで結構な収入を得られたというものだ。


 翠花に5千円返して、その上で2万円のハンマーは買えずとも、それなりのものなら買えそうだ。


 ──まだ完全には「スラッシュ」を使いこなせてはいない。おそらく、未亜を助けた時の一撃を自力で出すのは難しいだろう。


 だが、それでもスキルの核心は少しずつ掴んでいる。──ならば今は、これで十分だろう。

 MPもかなり減っているし、今日はもう帰ろうかと思った時、チャットアプリに二つの通知が来ていた。


「お?」


 一つは未亜からのものだ。

 さっきはありがとう、という内容と、不思議なスタンプ。今度ご飯でも奢らせてくれ、と書いてあった。「楽しみにしてる」……と。


 適当に返事を返して、もう一件のチャットを開いた。翠花からのものだ。


 動画が送信されたあとに、怒っているらしいスタンプ。

 既読がついたのを確認したのか、「見ろ」「おい」「なんだ」「これは」「おい」「池袋か?」「いまからいく」とホラーじみた連投。


 普段から翠花からのチャットは不躾というか、無骨なものだが、今日はましてひどい。機嫌が悪いのか、怒っているのだろうか、と思いながら、とりあえず「来なくていいよ」とだけ送り、送られてきた動画リンクをタップ。


 未亜の配信が10分程度にまとめられていてこれは見やすいぞ、と思っていると、なんか内容の風向きが変わってきた。

 仲間が二人死んで、やばいピンチだ、と思っていたら、一撃で敵をぶっ倒して颯爽とヒーローが現れた。


「……おお」


 礼堂が未亜を助けたシーンを含めた、配信の切り抜きだった。どうやら古宮高校ダンジョン部は、小峰未亜の不思議な魅力に引き込まれていたファンがそれなりにいたらしい。


 さっき助けてから一時間も経っていないというのに、すでに配信の切り抜きが出回っていた。

 しかも編集が上手い。見事に礼堂の英雄的活躍が盛りに盛られている。

 嬉しいけど……ちょっと気恥ずかしさの方が大きかった。


 例えば古代の叙事詩を、謳われる英雄本人が聞いたらこんな気分になるのだろうか、と思っていると、肩をポンポンと叩かれた。


 振り向きたくない。礼堂は生存本能的直感からそう思うも、振り向かないリスクも生存本能的直感で感じる。どっちを選んでもDead Endで泣きそうだ。好感度が足りてないかも。


「おい」

「……ゆっくり話そうぜ?」



◇◆◇◆◇


「誤解なんだってえ」

「ふーん?」

「本当は壁破壊の特訓したかったんだよお!」

「へえ?」

とのことはなんともないんだって!」

「……はァ?」

「え、なに、なんだよおい」


 池袋ダンジョンの入っているビルのカフェ。

 そこで礼堂は釈明を試みるも、最後の最後で特大の地雷を踏んだらしい。

 わけもわからず翠花の怒りはヒートアップして、礼堂はそのまま、なされるがまま説教された。


 怒りがヒートアップした原因は分からなかったが、翠花の説教自体は確かにその通りで弁解のしようもなかった。


 翠花は──なにより、断りもなく一人でダンジョンに礼堂が来ていたこと、それに、人を助けるためとはいえ、無謀にモンスターに突っ込んだことが許せなかったらしい。


 それは、確かにそのとおりだ。

 ダンジョンで死ねばステータスが大きく落ちる。

 それどころか、例えば死亡した瞬間の体験によるメンタルダメージで、PTSDのリスクがあるという報告もあるらしい。


 そうなれば、翠花への迷惑は計り知れない。


 ──だが、だからこそ。だったら、危険を犯したとしても、あの不思議な少女を救えてよかったと、礼堂は思ってしまうのだ。



 結局、カフェの代金を礼堂が奢ることで手打ちにしてくれと頼んだら「当然だが?」という反応。

 さらに、晩御飯を今度奢る、という約束でなんとか許しを請い、今日は解散となった。

 最後のダメージでMPが0になったかのように、体が重だるい。色々なことがありすぎて、流石に疲れてしまった。


「……あー、返し忘れた」


 昨日の5千円を返すためにダンジョンに潜ったのに。翠花と別れてからの電車で気づき、礼堂はしょうがないかあ、と頭を掻くのだった。

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