第10話 筋肉、助ける
翠花は部活で呼ばれているというので、礼堂は一人先に帰っていた。向かう先は──家とは反対、池袋駅だ。
「『壁破壊』……使えないのか……」
礼堂にとって『壁破壊』は、笑われ、追い出される要因になったスキルだ。
だが、壁破壊は同時に礼堂にとっては大事なものであった。このスキルを使ってみたい、という思いに突き動かされ、礼堂はダンジョンに潜っているという側面さえあるのだ。
そんな壁破壊が次からの三層では使い物にならないと聞いて、礼堂にとってショックは大きった。
だが──ならば、趣味でやればいい。
そう思い立ってから、行動するのはあっという間だった。
考えてみれば、池袋ダンジョンに一人で入るのはこれが初めてだ。
一人でダンジョン探索。冒険みたいで、否応なくテンションがちょっと上がった。
と、そこでハタと気づく。
「そう言えば……道具持ってねえな」
翠花がいない以上、物理攻撃の道具は借りられない。壁破壊の調査にきたというのに、いきなり前途多難だ。
「……まあ、なんとかなるか」
ないなら買えばいい。
金がないなら稼げばいい。
考えてみれば、翠花に借りた金も返さなければいけないのだ。
「よーしっ、やったるか!」
少しだけ伸びをして体の調子を確認し、礼堂は一歩目を踏み出した。
一階層は、礼堂一人で襲いかかってくるモンスターを容易くモンスターを制圧できてしまった。
なんとも呆気ないものだと、狩場を三階層に変えてみた。
ここはスケルトンやスライム、それに盾持ちやサーベル持ちのゴブリンが現れるのだ。
翠花でも一人で攻略するのは難しそうな様子だったが……まあ行けるだろう、と礼堂は気楽に考えていた。
実際、礼堂の筋力値はレベルを考えると驚異そのものと言っていい。そのステータスから出される攻撃はすでに、三階層のモンスターたちにとっても致命の一撃だった。
「お? 出たなゴブリン!」
盾持ちとサーベル持ちのゴブリンが一体ずつ、礼堂の前に突如現れた。
これまでであれば、あの盾持ちには苦戦させられた。翠花がいなければ攻略する手段はなかっただろう。だが──。
「『スラッシュ』!」
礼堂は取得したスキル名を叫びながら、鞘から刀を抜く。すると、スキルの方が感応して礼堂の動きをサポートするようだった。
不思議な強制力に身を任せ、鞘から刀を抜く。
直感的に刀の振り方がわかるようだった。それに合わせて刀を振れば──金属光沢煌めく斬撃が、刀の振った先に出現。
巨大な空を切る刃となって、サーベルを持ったゴブリンの首を落とした。
「うお」
それに誰よりも驚いたのは礼堂だ。
スキルを使った戦いは、まるでこれまでの戦いとは大きく異なる感触がある。
あまりにあっさりと抜けた剣に、放たれた攻撃。それは礼堂にとって大きな違和感だった。
「やりづれーなー……」
剣を振らされ、その先にいるターゲットに斬撃が飛んでいくというのは、居合による剥身の刀での戦いに触れていた礼堂にとって馴染みがなかった。
空を切るだけで敵を切ることができる。楽なのだろうが、実感は得られない。
この感覚は、確かにゲームのようだった。
そのせいかはわからないが、『戦闘態勢』のスキルも発動されていない。
「おっと」
──だが、盾を持ったゴブリンの方は、スラッシュで放たれた巨大な斬撃から生き残り、礼堂へと迫っていた。
「へへ」
盾によるシールドバッシュを、礼堂は刀で巻き取るようにいなした。盾が跳ね上がり、あっさりと体勢を崩されたゴブリンの首を、さっくりと刀で刎ねる。
盾の攻撃をいなした瞬間、確かに戦闘態勢は発動していたように礼堂は感じた。その瞬間の自らの身体能力の向上を、肉体は確かに覚えている。
それこそ、礼堂にとってはしっくりくる、という感触だ。
それはステータスが変化したからしっくり来たのではなく──。
「あー、こういうことか?」
礼堂土陽は脳筋である。
しかし戦闘においてはクレバーであり、それなりの私立高校に入るくらいには、思考回路の回転は悪くない方と言ってもいい。
おかげで、なんとか受験勉強を乗り切れたのだ。……もっとも、初めは勉強の仕方が分からず、とりあえずぶつかってみるという戦い方で苦戦もしたけれど。
コツを掴むまでは苦戦するのが脳筋だ。されど戦闘においては、これまでの経験則もあり、案外すんなりと飲み込めた。
自分に翠花のような言語化ができるかは分からないが……と思いながら、彼女を真似て理論を考えてみる。
そもそも礼堂が"脳筋"なのは──その先にある実在感を追い求めているからだ。
脳筋といっても色々あるだろう。
例えば銃撃戦の最中、考えなしに突撃する場合。これは殺されるより前に殺すという考え方だ。
或いは、相手の攻撃を全てかわしてしまえばいいと考えた場合や、弾幕量にモノを言わせて敵を掃討してしまう場合、回復に頼ったゾンビアタックなど。
それらは戦術という思考を放棄することで成り立つが──決して馬鹿だからそうしているとは限らない。むしろ、意図的に自分をそうした立場に落とし、そこに好みであったり、自分自身を見出しているという見方もできる。
グレネードによる牽制もなしに突撃するのは、グレネードで倒してしまった時の空虚さがあるからだ。
礼堂にとって『スラッシュ』というスキルはそんなグレネードだ。正解の行動であれど、そこに実感を見出せない。今一人で戦っているこのダンジョン探索は、空虚なモノに成り果ててしまった。
これを解決する方法は、礼堂にとっての実在感を得られればいい。
そしてその答えは、既に得ていた。
「手応え……だな」
グッパッと、刀を振った自分の右手を閉じて開いて、見つめてみた。
確かにスラッシュで倒した時に欠けていた手応えがシールドゴブリンとの戦闘では得られたし、戦闘態勢が発動した。
何より──それがキモチイイのだ。
「やめだやめだ、こんな考えるのは性に合わねえ」
そういうのは全部、翠花に丸投げしてしまえばいいのだ。
──とは言え、翠花だって他人だ。迷惑をかけるのは違うんじゃないか。
考えるのも束の間──モンスターが再び現れた。サーベルゴブリンにシールドゴブリン、それにスケルトンだ。
現れたモンスター見て、礼堂は再び刀を鞘に納めた。
「──集中しろ」
自分に言い聞かせるように言う。
そして──。
「『スラッシュ』!」
スキルを発動しながら、誘導されずに自らの手で刀を抜き、振るう。
礼堂の手ぐせとスキルの誘導の噛み合いの悪さに、鞘と刀の変にぶつかる音がした。
だが──振るった剣は、確かに実感が得られた。
スキルの効果もなんとか発動されたらしい。剣の軌道に従い、巨大な斬撃が敵に向かった。
「これだよこれぇ!」
礼堂の強烈な筋力値によって上乗せされた斬撃速度と威力は、サーベルゴブリンとスケルトンの頭を一振りで見事に落とした。
「──戻ってきたなあ」
スキルの感覚に馴染み、礼堂は刀を振る感覚に口角を緩ませる。
シールドゴブリンの盾にも、見れば深い傷がついていた。シールドゴブリン程度であれば、自らの技量やスキルが乗ったスラッシュや、刀による攻撃で盾を破壊できそうだ。
「この調子でやってみるか」
頷きながら、礼堂は残ったシールドゴブリンに詰め寄った。
◇◆◇◆◇
「あ、あう……! だれか……!」
『誰かいないのか!?』
「だれか、たすけて……!」
満足しながら狩りをしていると、不意に礼堂のいる池袋ダンジョンの3階に、機械のような音声が響き渡った。
それと同時に、大きい声を出し慣れていないのだろう、どうにもか細くて、けれど確かに助けを求める少女の声が耳に届いた。
──礼堂がそれを聞きつけることができたのは、本当に偶然だった。
だが、ダンジョン内で声をモンスターが聞きつけてくるというのは、礼堂自身も学んだことだった。この先に進むには、覚悟がいるだろう。
──覚悟。
──覚悟ってなんだよ。
誰かが傷つくかもしれない場面で、優先されるとか──!
「──どんな覚悟だよッ!」
自問した自分を叱りつけて、礼堂は声の元に向かった。自分を犠牲にするより、他者が犠牲になる方がよっぽど覚悟が必要だ。
かなりの数のゴブリンに、三人の探索者が囲まれていた。だが、そのうち二人はもう死んでしまったのだろう、光となって転送され始めている。
残りは女の子一人──制服を着ているから、高校生らしい。
けれど、どう見ても囲む敵の数が多すぎる。
スラッシュで一掃したいところだが、スラッシュの消費MPは少ないとはいえ、それでもここまで来るのにかなり使ってしまっている。
──MP的に、使えて残り一回。それ以上使おうとしたら、またMP枯渇になるかもしれない。そうなったら、とてもじゃないが戦えない。
残り一回で、この数をやれるのか──。
「やれるかじゃねえ! やるかやらないかだ! ──伏せて!」
礼堂は全力で走りながら、女子生徒に指示を出す。女子生徒は呆気に取られながらも状況は把握したらしい。「きゅう」と不思議な声を出しながら頭を抱えて身を屈めた。
「──『スラッシュ』ッ!」
礼堂はスキルを唱え、全速力で走りながら刀を抜く。スキルが誘導する感覚と、礼堂が自身の意思でスキルを放つ感覚が一致する。
MP的に最後だろうが、今日狩ってきた中で一番の手応えが刀と礼堂の手の中にあった。
礼堂は刀を抜き切り、剣一閃。
──瞬間。
少女の頭上を、特大の剣圧が通過した。
それは今までで一番の剣圧で、その場にいたモンスターの首を……シールドゴブリンの盾までも貫通して、刎ね飛ばしていた。
「よっと」
スラッシュの斬撃を受け、スケルトンの頭が少女の頭上に跳ね上がった。
礼堂は走ってきた勢いのまま跳躍すると、頭蓋を地面に叩きつけ、割り砕き、全て一掃。全てのモンスターが光に変わったのを見届けて、礼堂は刀を鞘に収めた。
一段落がついたところで、礼堂はその場で頭を抱えて見ないようにしている少女に、手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「あ……うん……」
少女は恐る恐る、その顔を上げて礼堂を見た。気弱そうな女子だ。その仕草は小動物を思わせる。
どこぞの子犬の皮を被った柴犬女と違って、多分頑張ってトイプードルくらいの、本当に大人しそうな女の子だった。
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