第4話 筋肉、攻略する1

 ──翌日、学校。


「よっ、おはよ」

「ん、おう」


 礼堂がクラスで適当に支度をしていると、遅れてやってきた友人──両川が礼堂の後ろの席に座り、声をかけてきた。


「どうだった? 初めてのダンジョン探索! しかもあの花柳さんも一緒に行ってくれたんだろう!? ずるくねー!?」

「あ、ああ……まあまあかな」

「なんだよー、歯切れ悪いな、らしくねえ」


 歯切れが悪いのは、昨日の倦怠感と喪失感を引き摺っているからである。

 ──実は自分の「壁破壊」がとんでもなく優秀なスキルであることを、礼堂は密かに期待していた。

 だって誰も見たことがないスキルだ。その効果は強ければ強いほど嬉しい。


 「壁破壊」というスキルが優秀であれば、自分の今後の人生のルートは探索者で決めてしまおう、とまで考えていたくらいだった。


 けれど、現実はそんなに甘くなかった。


 そんなにも上手くもいかないものかと、礼堂は密かにため息をついた。


 とは言え、まだまだチャンスはある。スキルポイントの振り方次第では、探索者として金を稼ぐ生活も現実味を帯びてくるというものだ。


「あ、そうそう。結局『壁破壊』ってどうだったんだ?」

「あー……みるか?」

「見たい見たい」


 両川も最初は、礼堂の『壁破壊』スキルを笑った一人だった。なんせ見た目に違わぬ脳筋っぷりのスキルである。

 どんだけ筋肉にステータスを振ってるんだと、散々礼堂を揶揄ったものだ。そのことについては両川は、密かに後ろめたさを覚えている。


 だが、礼堂の本気を知ってからは、両川は『壁破壊』に期待する一人となった。

 礼堂の人柄もあり、友人となって連んだ仲だ。友人の成功を期待する程度には、両川は善性の人間だった。


 礼堂は昨日の帰還後、ダンジョン受付にあるいろんな機能を持った便利設備、マイルストーンで印刷したステータス用紙を取り出し、両川に見せた。


『打撃武器での攻撃で、攻撃力の分だけ「壁」を破壊することができる。MP5を消費する』


 ──説明になってないじゃねーか。


「うっわ……」

「ちょっと凹むよ」


 悲しげな顔を浮かべた両川に、礼堂は苦笑いしながら、答えた。

 レベル2の時点で礼堂のMPが20に対して、壁破壊スキルの消費MPは5。

 戦闘や他の様々な部分でもMPを消費することを考えると、気軽に使えるものではない。


 レベルが上がればまた変わる可能性もあるが、現時点で礼堂のステータスはどちらかと言えば、その精強な筋肉や性格も相まって物理に偏っていた。


 礼堂のステータス曲線では、MPが100を越えるのにも少なくとも15レベルが必要だ。そして、ダンジョン探索において15レベルを目指すのはかなりの道のりである。


「ま、このスキル、破壊力は攻撃力と道具に依存するみたいだし、そこは救いじゃないか?」

「そうだな……ありがとうよ」

「いいってことよ!」


 両川の慰めに礼堂は感謝を伝えると、両川はまるで礼堂がするように、快活に大声で答えて見せた。



「今日も行くの?」

「あたぼうよ!」

「……ま、いいけど。無理だけはしないでね」


 帰り道。

 共にダンジョンに潜ることを目指そうと決めてから、翠花の部活がない日は一緒に帰るのが礼堂と翠花の日課となっていた。


 礼堂は色々ネットで調べたりはするものの、結局ダンジョンに関しては初心者だ。

 その点、一緒に帰る中で翠花が色々と教えてくれることには、非常に助けられていた。


 二年生の四月──それなりに(自称)進学校である段々坂高校では、クラス替えは二年生から文理や成績を意識したもので行われる。


 礼堂と翠花は共に文系で出していたので、去年同様、今年も同じクラス。このまま一緒に帰ることができそうだった。

 翠花の実態を知らない学生たちは、翠花と一緒に帰る礼堂に羨望や嫉妬の眼差しを向けることも少なくない。だが、礼堂は素知らぬフリをするしかなかった。

 ──どうしたらいいか分からないものは触らない。バカ脳筋なりの処世術であった。


 二人は新副都心線に乗り、埼玉県から池袋に移動する。埼玉県民たちは何かあれば池袋に集まるのは、ダンジョンができてからも変わらない。


 むしろ埼玉近辺のダンジョンは、池袋と秩父に生まれたことで、その傾向はより顕著になっていた。アクセスとか諸々、どう考えても埼玉県内から行くなら池袋。

 もはや第二の埼玉である。


 そんな埼玉人たちの安住の地にして過酷な生存競争の地、池袋駅に二人は降り立った。

 池袋ダンジョン──それは池袋の有名ビルの地下に生まれたものだ。


「今日はどうするの?」

「……とりあえずレベル上げだなッ! このままだと『壁破壊』も使い物にならないし!」

「……そ、そうねっ!」


 ──一瞬、翠花の口から、「諦めてなかったんだ?」という不躾な言葉が出かかったのを必死に取り繕う。今後、MPの消費量と破壊力がどうなるかは分からないが、冷静に考えると現状では、使えない置物スキルと言わざるを得ない。


 しかし、誰よりも辛いのは礼堂だ。しかも自分は昨日、「革命」だなんだと騒ぎ立ててしまった身。そんな酷いことを、言えるはずもなかった。


「よーしッ! 入るぞ!」

「相変わらず声でっか……」


 池袋ダンジョンの人々は、昨日も見かけた声のデカい脳筋バカに、微笑ましいものを見るような顔をしていた。もはや諦めるべきなのだろうか。翠花はやれやれとため息をついた。


◇◆◇◆◇


「入る前に、一回ステータス確認していいかしら」

「おうっ!」


 礼堂は翠花の言葉に威勢よく頷くと、探索者カードを翠花に見せた。

 内容はやはり基本的には物理偏重型の平均値を、俊敏さと知能以外は少し上回るくらいだ。魔法はほとんど使えないだろうが、レベル帯の割にはステータスは高い。


 次のレベルに行くための必要経験値も通常通りで、昨日の予想通り、三階層か四階層までこのままいけるだろう。


 一方で知能の値については最初から分かっていたから諦めるとしても、俊敏さは平均に比べると僅かな差とはいえ、気になる数値をしていた。

 これでは、一人で潜るのはあまり得策ではないだろう。


「ま、ゆっくり行けばいいか」

「ん? おう!」


 ダンジョンは広く、底知れない。焦ってもしょうがないだろう。翠花の言葉に、礼堂は理解してないながらも頷いた。


 二人は歩く。礼堂の歩行ペースは、俊敏さの値が平均より低いという影響もあってか、レベルが上の翠花と比べるとかなりゆっくりになってしまう。

 もちろんゴブリンの襲撃も多いが、それは足を止めさせているから、と礼堂が積極的に処理していった。結果的に、翠花の暇はますます増えた。


 基本的に礼堂は受けの剣だ。一度流れができれば、そのまま一人でも複数体を流れるように討伐できる。

 だがそれでも、やはり攻略はなかなか進まなかった。自然、二人の間では雑談が増えていく。


「なんか目標とかあるの?」

「ん〜……これとかどうかな、と思って」


 言いながら、礼堂はスマホでブックマークしておいた通販サイトのページを見せた。

 映っていたのは、人間の腰くらいの大きさはあろうかという巨大スレッジハンマーだった。


「ふ……」

「おーい! 笑うなよ! こっちは真剣だぞ!」


 思わずそれを見て、やはり脳筋だと笑ってしまった。とはいえ、確かに壁破壊スキルを生かすには相性の良い武装だろう。


「腰に下げてるそれはどうするのよ」

「ん? 持ってくけど」

「じゃあこれは?」

「背負う」

「ふふ……」

「何が面白いんだ!?」


 翠花は自分の指摘に真面目に答えたはずの礼堂の言葉に、また笑ってしまった。

 いやむしろ、真面目に巨大ハンマーを背負うとか言い出したから余計に面白いのである。それを言ったのが筋肉ダルマなのも大きかった。


 まあ、なんでもいいか。面白ければ。どうせ金を払うのは礼堂だし。


 翠花は一人で、勝手にそう納得することにした。

 そんなことをしている間に、再びの襲撃。


「あ、ほらゴブリンよ」

「了解! ……でもちょっとくらい何かやらない?」


 礼堂は翠花にそう言いながら、模造刀を構えた。


 今度のゴブリンは、二体で連携攻撃を仕掛けてきた。先に飛びかかってくるやつ、その背後から、右下の死角を突くように礼堂の弱点を狙うやつ。


 見えていれば、単純だった。

 右後ろのゴブリンに叩きつけるように、前のゴブリンを刀でタイミングよく払った

 空中にいたゴブリンはその攻撃に大きく吹き飛び、後ろから隙を狙っていたゴブリンに命中。


 二匹まとめて光となって消えていった。


「さっすが、やるうー」

「おう。この調子で行こうぜ!」


 一人で戦えば、パーティでの戦闘とは見做されない。礼堂に二匹分の経験値が入っていて、レベルアップに近づいているのを確認。

 まだまだ行けそうだ。礼堂は満足して頷き、探索者カードを見てニヘラと笑う。その間にも、翠花はズンズンと先に進んで行っていた。


 礼堂はそれにハッと気づくと、先に進んでいた翠花を走って追いかけた。

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