第3話 筋肉、実験する
「じゃ、調べるかー!」
「そうね。……むしろこっちが本番よね」
階段という、モンスターが湧かない安全地帯を抜け出した二人は、一階層を適度に進んだ壁の前に立った。礼堂はまたも大声を出して宣言するも、翠花はもはや怒る気にもなれなかった。
さて、二人の目的は、礼堂のスキル『壁破壊』の実験である。
ダンジョンが生まれて二十年。モンスターを操る「魔物使い」や職業スキル「侍」など、世界中には様々なスキルが確認されている。
そんな中で、このスキルはまだ誰も見たことのないイレギュラー。ゆえに講習でもスキル使用の実験をできず、その実態は解明されないままだった。
兎にも角にも、明らかにするしかない。
礼堂は壁の前に一人で棒立ちするも、素朴な疑問が湧いて出てきた。
「……なあ、こういうのって、どうしたらいいの?」
「こういうの……ああ、
礼堂の質問に答えた翠花の確認に、礼堂はコクコクと頷いた。
『戦闘態勢』スキルは勝手に発動した実感があるが、礼堂の場合は「刀に手をかける」という行為が鍵であった。
同様に、翠花のスキルは後方での活動全般の技能が向上する。念じることで回復魔法も使えてしまうし、便利なものである。
そんな風に、何かの行動がきっかけになるのであれば簡単だが、壁を前に立ってみても何も思い浮かばなかった。
「そうね……私の場合は念じたり、動作をすれば勝手に反応するけど……」
「『壁破壊』なぁ……こんな感じとか? 壊れろーっ」
緩い会話の中で、礼堂は両手を前にして壁に向ける。カメ○メ波でもしとけば何か手のひらからビームでも出るのではないかと思ったが、残念ながら何も出ない。当然、壁も壊れなかった。
『壁破壊』のスキルについて知らないため、そんな奇妙ながらも微笑ましい光景に、通りがかりの冒険者は思わずクスクスと笑う。
翠花はそれにちょっと恥ずかしくなりながら、別の方法を考える。壁破壊……思いついたのは、某海賊漫画で剣士が壁を切って破壊するシーンか、コックが壁を蹴り壊すシーンだった。ちょっと考えて前者をチョイス。
「うーん……切ってみるとか」
「何言ってんだ、刀の方が折れるだろ」
「アンタにマトモなこと言われるとムカつくわね」
翠花の提案に対し、礼堂は当然の摂理を答えた。
普段とは完全に立場が逆である。
「じゃあ殴ってみれば?」
翠花はそんな状況に苛立ちながら、次の選択肢をチョイスした。『壁破壊』というスキルで、蹴り壊すのは流石になさそうだ。だったら、船長みたいに殴っても壊せるはず。
「えー……痛そう」
「いいからやんなさいよっ!」
緩く駄々を捏ねる礼堂に対して、翠花はキレた。
そんな様子に、礼堂は渋々という様子で、壁に拳を一度つき、それに合わせて姿勢をつくった。
距離感を確認。ここを間違えると本当に大怪我をする恐れがある。
もちろん治るものは治るが、それなりに痛いものは痛い。脳筋も、痛いのは嫌なのだ。
この位置なら良さそうだ。……でもちょっと怖い。
やっぱりやめたかったが、後ろでガルガルと見張る翠花の方が壁よりも怖かった。
覚悟を決めた礼堂は、壁に正拳突きをお見舞い。
「ってえ!!」
正拳突き──失敗。
どうやら、『壁破壊』のスキルは、身一つでできる便利なものではないらしい。
成果はなにも得られず、得られたのは拳の痛み、それだけだった。
「ちょっと大丈夫!? もう、バカなんだから……」
「お、覚えとけよおめえ」
やらせたにもかかわらず、まるで礼堂が自滅したかのように振る舞いながら、一応スキルで回復を使ってくれる翠花に、礼堂は泣きそうになりながら反論。
その後もタックルや頭突きなど試してみるが、何を試しても結果は出ない。ただ痛い思いしただけだった。
しかし、こうなってくると困ったものだった。できることはもうあまり残っていない。
あるとしたら……。
礼堂は取り止めもなく思いついたものを実行することにした。『破壊』と言えばこの道具である。
「んー……花柳、トンカチ持ってる?」
「えー、持ってるけど……」
トンカチはダンジョン内でキャンプを張るために使われる。翠花はそのスキルゆえにキャンプを張る役割も担う。スキルに要求される一通りの道具は揃えていた。
翠花は『アイテムボックス』を発動し、その中からトンカチを取り出した。
「いいなー」
「え、なに」
「アイテムボックス。俺も取ろうかな……」
「んー、便利は便利だけど……」
スキルは、レベルアップ時に手に入る、スキルポイントを消費して入手可能だ。
様々な便利スキルや戦闘スキルから、一風変わったものまである程度取り揃えられている。
スキルポイントを消費しても取得できないスキルや、取得するのに条件があるスキルもあるが、アイテムボックスは誰でも条件がなく入手可能だ。
便利だし、持ち運べるものの数が増えるということもあって、アイテムボックスのスキルはダンジョンに潜る時の採算性に直結する。
そのため、スキルポイントを消費してアイテムボックスを取る探索者は少なくないものだ。
だが、スキルを取った翠花は不満な様子だった。
「意外と上限厳しいし、だったらリュックサック持ち込んだ方がいい可能性もあるわよ」
「あー……」
「それに、私がいたら要らないじゃない」
言われて、それは確かに、と思った。
アイテムボックスを取るかリュックサックを持ち込むかは、意見が分かれるところだった。
ネット上では一応アイテムボックス勢が優勢だが、パーティの一人が取得しているなら別に要らないというのは、両者の同意するところでもあった。
「だったら戦闘力上げた方がいいわよ。前衛はアンタしか居ないんだから」
「たしかに……」
というわけで、礼堂はアイテムボックスは諦めた。なんとなく、あれば便利だと思うが、別に翠花を説得してまで欲しいものでもなかった。
「……でもそれって、花柳がずっと俺のそばにいる前提じゃね?」
「不満?」
「いやいいけど……」
お前はそれでいいのか。その意味がわかっているのか。
言えばどうせ怒られるに決まっているから、礼堂はそんな疑問を飲み込むことにして、翠花から渡されたトンカチを握った。
「思いっきり振りかぶる──ってのは何が違うよな」
テントのペグを打つために使われるような、本当に小さいトンカチだ。バールよりも小さいそれで、壁を全力で殴る気にはなれなかった。
だから……。
「えいっと」
トンカチで、壁をトンと突いてみる。
すると、壁が少し剥離した。
「……正解引いちゃった?」
「嘘ぉ!?」
どうやら壁破壊のスキルを使う条件は、ハンマー類を持っていることであるらしい。
けれど、これは本当にスキルが発動しているのか。破壊規模があまりに小さい。それに、思っていたのとはだいぶ違った。
これであってるのかな、と言おうと翠花の方を見ると、花柳は唖然とした顔でダンジョンの壁と礼堂、そして剥離した石片を何度も見比べていた。
「……そんなにすごいこと?」
「すごいわよ! ダンジョンの『壁』は、今まで誰も傷つけられなかったんだもの! これは探索者にとっての革命よ!」
「そうかなー……」
言われても、あんまり実感が湧かなかった。
なんせ、結果はダンジョンの壁から石片が剥離しただけと、なんとも塩っぱいものだった。
「まだ一階層だぜ? 一階の壁も壊せないんじゃなあ……」
言いながら、ハンマーで壁をコンコンと叩いてみる。しかし石片がボロボロと落ちてくるだけで、全然先は見えない。それどころか──。
「う……きっつ……」
「……ちょっと探索者カード見せてくれる?」
翠花は礼堂から探索者カードを受け取り、そのMPの値を見て愕然とした。
「MPめっちゃ減ってるじゃない! ……もしかして、使い物にならない?」
「……やめてくれえ」
どうやら壁を殴るだけでMPをそれなりに消費するらしい。固定値が減るのか、割合で減るのかは定かではないが。
詳しく見れる装置で調べてみないことには仕方がなかったが、レベル2の礼堂はMPが0になっていた。いわゆる魔力切れ。礼堂は体のダルさに、もう動けそうになかった。
「とりあえず……今日はもう無理よね」
「だるい……」
「慣れるわよ」
MPが減れば減るほど、探索者はダンジョン内での行動に強烈なデバフがかかる。スタミナ値のようなものだった。
翠花の言う通り、それ自体は慣れることで症状を軽減できる。だが初めてダンジョンに本格的に潜った礼堂には、非常に辛いものだった。
「もうかえりゅ……」
「え、ええそうね……」
帰り道にはゴブリンに再度襲われたが、翠花が全て一撃で仕留めた。
こうして初めてのダンジョン探索は、何とも言えない結果に終わるのだった。
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