第8話 アキンボ

 日が暮れると、メインのおっさんが起こした火を囲み俺たちは酒を酌み交わしていた。

 といっても飲んでいるのは酒好きの俺とメインだけで、ロークとミサは野外だから一応パス、リアスは酒の味自体が好きでは無いらしくこれまたパス。

 メインがわざわざ出してくれた酒を無碍にすることもできず、俺だけが飲んでいる状況となっている。



「ガッハッハッハ! そうか、そうかぁ! お前らぁ、ティービーに向かうのかっ!」


「いや…まぁ、うん…」


 その先にある街が目的だって言ったんだけどな、聞いてないんだろうな…。

 あと、すごく痛い…。


 俺の二倍ほどはあるだろう丸太のような太い腕で、遠慮も無しに力強く背中を叩いてくる。

 久方ぶりの客にすっかり調子が良くなったのか、泥酔状態のガチムチのおっさんが誕生していた。


 ちなみにモカとラテは意外と面倒見の良かったリアスと遊んでおり、ロークとミサもそこに混ざっている。


「いやぁ、すっかり飲んじまったなぁ…」


 急に声を落としたメインを不思議に思い顔を上げると、その無精髭を撫でながらモカとラテを見つめていた。

 揺らめく火の灯りを反射するその瞳は、優しい慈愛に包まれた眼差しだった。


「あんなに楽しそうにしてるのは、久々に見るかもな」


「そうなのか?」


 メインにつられて視線の先を追うと、心なしか昼間よりも表情が柔らかいモカとラテ。

 リアスが今まで達成してきた依頼について話しているのか、二人の目はキラキラと輝いている。

 ミサとロークも凄腕の魔術師の話に興味があるのか、双子の隣に並んで座りまるで子供が四人いるかの様だ。


「拾い子っつったろ? チビ共をこの森で見つけた時は、俺も丁度ここで暮らし始めたばっかりでな。その時はまだ冒険者だった時のトラウマで荒れてた時期だったんだ」


 冒険者だったのか、どおりで鍛え抜かれた肉体をしている訳だ。

 まぁ、隠居している割には筋肉が付きすぎなのではと思うが…。


「チビ共の世話で手一杯でなぁ、嫌な記憶を思い出す暇も無かった」


 優しい笑みを浮かべていたメインだったが、その表情は徐々に曇っていく。


「でも、ここらに異獣エリアルが沸くようになってな。冒険者の時以来の敵襲に俺は二人を怒鳴っちまって…」


 それからあまり笑わなくなっちまった、と寂しそうに笑うメインの目元には年相応の皺が走っている。


「歳を取るといけねぇな、すっかり感傷に浸っちまった」


 その場から立ち上がると固まった腰を伸ばし、小屋の方へと向かっていく。


 暫くして小屋から出て来たメインの手には、拳大ほどの鉄の塊が握られていた。


「二人ともそろそろ寝る時間だ」


 さっきまで楽しそうに笑っていたモカとラテだったが、メインの言葉を聞くや否や大人しく小屋の方へと向かう。

 中へと入る間際、双子と目が合う。その瞳には、どこか悲しさが浮かんでいるように思えた。


「…一体何を持ってんだ? おっさん」


 モカとラテが小屋へ入るのを見送ると、こちらにゆっくりと歩みを進める。


「これか? これは俺が持ってる遺物レガシーの一つでな」


 手元の鉄塊を弄りながら、怪しく笑うメイン。

 先程までとはどこか雰囲気の違うメインに対して緊張が走る。


「チビ共のための子守唄を流してくれるんだ」


 そう言うと、その鉄の塊としか見えない遺物レガシーを宙へと放り投げた。

 夜空に銀色の放物線を描き、そのまま落ちると思われた遺物それは、しかし地面に触れること無く空中で停止する。


 あり得ない現象にそれが本物であると理解すると、各々が警戒体制を取り始める。


「ガッハッハッハ! まさか、飯も酒も寝床も全部! 無償タダだと思ってないだろうなぁ?」


 空中で止まっていたメインの遺物レガシーが、突如として僅かな光を伴い変形してゆく。


「ちゃあんと働いてもらおうか」


 正八面体の形状となった鉄塊は、真ん中を起点として上下に分離しそれぞれが回転を始める。

 回転は徐々に加速してゆき、中央が橙色に光り輝いていく。


 ロークが盾を構えその後にリアスが、ミサと俺はいつでも剣を抜けるように柄へと手を伸ばす。


 回転が最高潮に達すると、突如として遺物レガシーから爆音で音楽が流れ出す。


「おい! なんだこれ!」


「知らねぇのか? ロックだよロック!」


「そう言う意味じゃねえよ!!」


 爆発でもするかと思っていたが、本当に音楽が流れ出すなんて…。

 しかし子守唄だなんだと言っていたがこれほどの音量だと、寝られるものも寝られないだろ。

 思わず耳を塞いでしまいたくなるほどだ。


「メイン殿これで一体私たちにどうしろと! むしろ二人が起きてしまうのでは!?」


「だから言ったろ、働いて貰うって」


 メインが右腕でおもむろに革のジャケットの内側をまさぐると、取り出したものをミサへと向ける。


 一度だけ、メインが手に持っているものと同じようなものを見たことがある。


 質感は金属のようでいて、重厚。黒く光るそれは古代の残骸。

 遺物レガシーの中でも異質であり、扱う者の属性相性や魔力量に依存するため滅多に使われることのない遺物レガシー


「銃器か…!」


 その銃口をミサへと向けると言うことは、やはりそういうことなのか…?。


「悪いな」


 駆け出すよりも先に、引き金が引かれる。

 元より装填されていたのか、魔力を帯びた弾丸はまっすぐにミサの元へと向かいそのまま貫かれる---


「Gyua!?」


 ことは無く、ミサの背後へと忍び寄っていた異獣エリアルへと直撃する。


異獣エリアル!?」


 一体いつから居たのか、突発的な敵襲に周囲へと警戒を向ける。


 鼓動探知ソナー!!


 小屋の前面、森の奥から多数の生命反応。

 少なく見積もって五十。


「『火無光トーチ』!」


 リアスの魔術が展開し、闇に潜む異獣を照らし出す。


椀型蟻パラボラアントだ! 五十以上はいるぞ!」


 平均体長が一mを越えるという、見る人が見れば発狂しそうな昆虫型の異獣エリアル

 体表は赤褐色の外骨格で覆われており、頭部がお椀の様に形成されていることからその名が付いた。


 昆虫型は一個体ではそこまでの脅威は無いが、群生して行動することが多いため多くの冒険者から忌避される。


「メインのおっさん! あんた知ってたな!?」


「だから言ったろうが、働いて貰うことになってってよぉ!」


 そう言うことかよ…!

 分かりにくいにも程があんだろ!


「とりあえず味方ってことでいいだな!?」


「味方…? ……あ、あぁ〜、そういうことか」


 一体何を言っているのか分かっていない様子だったメインは、後頭部を掻くと申し訳なさそうに手を合わせる。


「悪い。だからお前ら俺を警戒してたんだな」


 ガハハ! と笑うメインにイラッとしつつも躙り寄って来る椀型蟻に目を向ける。


「き、気持ち悪いのにゃ……!」


「ロークとリアス殿は小屋を中心として防衛を!」


「ガハハ! 流石、察しが良くて助かる」


 ミサの指示通りにリアスとロークが後退し、俺とミサは間隔を開け武器を手にする。

 隣にメインのおっさんが近づく。


「後でちゃんと説明して貰うからな」


「ああ」


「…つうか、まだ戦えるのかよ」


 俺の問いかけにメインがニヤリと笑うと、もう一方の腕もジャケットの内側へと伸ばす。

 素早く取り出した手にはまた別の銃が握られており、瞬時に狙いを定めると躊躇いなく発砲。

 外れること無く、弾丸は命中。進攻を始めようとしていた椀型蟻は気づくよりも早く絶命することとなる。


「---舐めるなよ、若造」



              第8話 アキンボ

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