おさがり

誰かの何かだったもの

それ、誰のだった?

古着屋で、奇妙なセーターを見つけたのは冬の始まりだった。

黒地に赤い糸で模様が刺繍されていて、どこか目を引くデザインだった。


値札には「※一点モノ、返品不可」とだけ書かれていた。


大学生の佐伯は、なんとなくそれを買った。

防寒になるし、ちょっと不気味なデザインも話のネタになると思った。


最初の夜、部屋でそのセーターを着たままうたた寝していた佐伯は、夢を見た。


暗い部屋の中、何かがじっと見ている夢だった。

寝返りを打とうとしたが、体が動かない。

呼吸だけが異様に重く、耳元で「かえして」と女の声がした。


目が覚めたとき、セーターの首元が濡れていた。

自分の汗かと思ったが、妙にぬるく、べたついていた。


次の日も、その次の日も夢は続いた。

セーターを脱いで眠っても、部屋の隅にそれが“ある”とわかると眠れなかった。

声は次第に、はっきりしていった。


「それは……わたしのだから」

「わたしのぬくもり、かえして……」


ある夜、限界に達した佐伯はセーターをゴミ袋に詰め、アパートの外のゴミ置き場に捨てた。


だが、翌朝――


セーターは、部屋のベッドの上に戻っていた。


濡れていた。

まるで“雨に濡れた体を拭うように”帰ってきたようだった。


佐伯は泣きながら、ネットでその古着屋を検索した。

しかし店の名前はどこにもなかった。

地図にすら、その場所は空きテナントとして表示されていた。


“あれ? じゃあ俺、どこで買ったんだ……?”


セーターは、今もベッドの上にある。

毎晩、ぬくもりを吸い取るように静かに呼吸している。


佐伯は次第にやつれ、目の下にはクマができた。

だが、誰に相談しても信じてくれなかった。


最近では、時々こう思う。


「もう返してやった方が楽かもしれない」


そうして今日も、佐伯はそのセーターを着たまま眠る。

誰かの記憶と体温が、まだそこに染みついているまま――

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