第2話

 女子生徒は何か――一冊の本を差し出した。その本をボケっとした頭で受け取りながら、今の状況に目を疑った。この図書室にお客さんが来たことも驚きだったが、その人がこの学校で一かニを争うレベルで人気な生田佳穂いくたかほだったから。生田佳穂は文武両道で成績は優秀、部活も陸上部で成績をたくさん残している人物だった。そんな彼女は冴えないただの男子生徒である孝からすれば、高嶺の花とも言える。実際、三年間同じクラスになり続けるという奇跡を起こしていても、話したことがあるのは片手で数えられる程度だった。

「私の顔に何かついているの?」

「いや……何も……」

 少しジロジロと見すぎてしまったようで、佳穂は自身の身を守るように一歩後ろに下がる。孝は慌てて佳穂から視線を外すと、図書委員らしく返却の手続きをする。

 佳穂の顔には何もついていないが、佳穂の体には何かが憑いている。

 孝はそれがわかったから余計に驚いたのだ。こんな誰からも羨ましがられる、みんなの憧れと言ってもいい人にそれは憑いていたのだから。

 それ、とは怪異とも、化け物とも、呪いとも呼ばれる曖昧で恐ろしい存在だ。名前が定まらないからこそ、形を保てず、孝の目には黒いモヤのように見える。それは人の妬ましいと思う気持ちや嫉妬の気持ち、いわゆる負の感情が一定数集まるとこの世に具現化する。実際に見ることができる人は全くいないらしいが。

「最近、何か嫌なことありましたか?」

 手元の作業をなるべくゆっくりと行いながら、チラリと佳穂のことを見る。佳穂は怪訝そうな顔を見せる。その表情から、何を言ってるんだこいつはという気持ちがありありと伝わってくる。

 まぁ、そうなるよな、と孝は心の底で納得する。喋ったことのない、認知もしてないかもしれないただの図書委員の男にこんなこと聞かれても怪しさしか感じないよな、と。だけど、佳穂は少しだけ考えた後、口を開いた。

「体が重くて、頭も痛いの。部活でも調子が悪くて、うまく走れないし」

 頭痛、倦怠感。それらは憑いている人の症状によくあることだった。

 めんどくさいな、と孝は思わないわけではなかった。そもそも、孝はただじゃんけんに負けて仕方なく図書委員になっただけで、こういった類いの問題解決は専門外なのだ。

「よければ、それ、俺が解決しましょうか」

 だけど、学校で有名な彼女に恩を売るのもアリかと思って、そう声をかけた。

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