書架の向こうの怪異譚

豆茶*

其の一 こっくりさん

第1話

 その図書室には、奇妙なうわさがあった。

 人気のない図書室のカウンターで肘をつき顎を乗せる。誰もこないことをいいことに、クワッと大きなあくびをする。

 齋藤孝さいとうたかしはジャンケンで負けて図書委員に任命された、中学三年生だ。高校受験を控えているのに、委員会の仕事でこの一ヶ月図書室の管理を任されている。といっても、本を借りにきた人に貸出証に名前を書いてもらったり、返ってきた本を背表紙に貼ってある番号に沿って元の場所に戻すのが仕事だった。本の入荷や詳しい分類、掃除は先生の仕事だった。

 孝の通う学校の図書室は校舎の中にある普通の図書室ではない。なんと、本校舎とは違うところにある別館にわざわざ本だけを集めた図書室があるのだ。町にあった小さな図書館の閉鎖に伴って、この学校に大部分の本を寄贈したことが始まりだとかどうだとか。詳しいこの図書室の変革は孝の知る由もないことだった。言い換えれば、ただジャンケンで負けて図書委員になっただけの彼には知りたいと思うだけの興味が湧かなかったのだ。

 梅雨に入る前の春の陽気が心地よくてうつらうつらと眠気を誘う。遠くから聞こえる、運動部の掛け声がいい感じの雑音となって耳に届く。

 一定数、学校には本に興味を持つ人がいて、その人たちが図書室を利用していそうなものだが、その気配は全くない。そもそも、委員会で半強制的にでも行かされなければ、ここの生徒は誰もこの図書室には近寄ろうとしなかった。別館にあるということも、足を遠のかせている原因の一つではあったが、それよりも問題なことがあった。

 そう、その図書室には、奇妙なうわさがあったのだ。

 どんなうわさかというと、人を喰らう本が存在するというものだった。

 図書委員としてカウンターに座っている孝にはわかる。そんなうわさはデマだと。そもそも本が人を喰うってどういうことだ、と眠たくなっている頭で考える。非現実的にも程がある。そんな本がこの世に存在するというのなら、失踪者が絶えず、今ごろこの図書室はメディアの格好のまとになっていることだろう。そうなっていないということは、そのうわさはただの学校の七不思議の一つみたいなものだ。例えば、音楽室に飾られている偉人の絵が動いたとか、理科室にある人体模型が動いたとか。そういう類の話と一緒なのだと定義しても問題ないだろう。

 そもそもこうやって孝が図書館でくつろいでいられることが、うわさが嘘だと証明していた。

「あの」

 そんなことをつらつらと考えていると、女の子の声が聞こえた。ハッとして目を覚ますと、目の前には黒いロングヘアの女子生徒がいた。呆然としながらその女子生徒を見つめていると、その人は不愉快そうに眉間に皺を寄せる。

「仕事、してくれませんか」

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