第9話「遠足ってレベルじゃない話」
月日が流れ、遠足当日の朝。俺は荷物をまとめながら、今日の行き先について頭の中で整理していた。
目的地は、ミラグ山脈。王都の北西に位置する、険しい地形と深い森を持つ天然の魔物繁殖地。王国内でも許可なく侵入を禁じられている禁足地だ。間違っても、学遠足なんて名前で言っていい場所じゃない。というか、こんな行事の名前つけた教員はどんな頭してんだ?
先輩方から聞いた話だと、現地では魔力操作や戦闘能力を実戦形式とかでテストをやらされたらしい。遊んでる暇なんてなかったそうで、怪我人が出ることなんてザラらしい。それでも死人だけは出ないためこの行事は毎年実施されてるそうな。辞めちまえそんな伝統。
まぁ、別にいい。俺は俺でほどほどに手を抜きながら試験を受けるだけだ。あとはできれば面倒な組み合わせにならないことを願おう。
―――
遠足の目的地の森につくとバルキン先生は生徒を三人一組で班分けするために、くじ引きを用意していた。
「公平に決める。文句は受け付けん」
配られた紙をめくると、そこには『3』の数字。周囲を見れば、一から十まで三枚ずつ入ってたみたいで、三人一組ってことらしい。数としちゃ十班できるわけか。
「ねぇねぇねぇ、デイ君は何番?私二番だったよ」
嬉しそうに尋ねるので俺も嬉しそうに答えた。
「よかったな。俺は三番だ」
すると、リリスの顔から笑みが消えた。
「ちょっと待ってね。今から三番の紙用意してくるから」
「待て待て待て」
俺は急いでリリスの肩を掴んで静止させた。絶対、脅すだろ魔法で。
「やだ!なんでデイ君と一緒じゃないの!」
「リリス。文句は受け付けんと言っただろう。」
叫ぶリリスだが、バルキン先生に睨まれると渋々従った。リリスが他人に命令されて言うことを聞くのは珍しいと思うかもしれないが、俺にも詳しいことはわからん。ただリリス曰く「あいつ、ちょっと怖い」と感じるそうだ。悪魔が恐れるってどんだけだよ。
そうして、俺はリリスとは別の三班になった。三班の内容は
『3班:デイモン、ラン・セラド、ルイス・バートン』
である。ランがいるのはまぁ、いいだろう。見てて飽きないし。
「女子と一緒だぁぁ!うおおおぉぉぉっしゃああああ!!」
と思っていたがランは天に拳を突き上げていた。お前、そういうとこやぞ。
「あの、ちょっと‥‥」
ほら見ろ、この班の紅一点ルイスちゃんも一歩どころか、五歩くらい後ずさりながらどんびきしてるよ。
班分けが終わった後、バルキン先生は生徒達を集めた。外であるためいつものように黒板で説明するのではなく、カンペ片手に語りだした。
「これより遠足、すなわち『実地研修』の概要を説明する」
いつものようにローブで体を隠しながら、低く覇気のある声で先生は続ける。
「君らがこれから入るミラグ山脈の樹海は王国が指定する“低危険度指定区域”に該当する。『低』とはいえ、魔物が出るのは確実であり、戦闘になることもあるだろうことを心得てもらおう」
改めて何度でもいうけどやっぱこのイベントを遠足って言うの無理あるだろ。
「なに、やってもらうことは単純。各班にはこちらが決めた目標地点まで歩いてもらうだけだ。到達を確認でき次第、迎えの馬車を向かわせる。時間制限は日没まで。それまでに戻れ。……戻れなければ、こちらも全力で捜索に移る」
おいおい、それ戻れなかったら必ず助かる保証はないって言ってない?生徒達の中でも一部の奴らもそのことに気づいたのか、ざわざわしている。だというのにこの先生仏頂面のまま微動だにしねぇ。面の皮ミスリルかよ。
「最後に。これは遊びではない。“遠足”の皮をかぶった実戦だと理解して臨め。以上だ」
先生は短く言い切ると、足元の地図を確認しながら手を叩いた。
「では、それぞれ持ち場へ移動しろ。『遠足』開始だ」
森の中は、昼だというのにやけに暗い。樹々が陽の光を遮り、空気がひやりとしている。土の匂いと、どこか生臭い風が鼻をかすめた。なんだか懐かしい気分になる。
前世、よく依頼でこんな場所をふらついたもんだ。魔物倒したってのに依頼した村人共ときたら、報酬がないだの、できるとは思わなかっただの‥‥あぁ、思い出してきただけで腹が立ってきた。
「はっ、こういう雰囲気ってワクワクするよな!なぁ、デイモン!」
ランはこの森での勝手がわかっていないというのに、最前線を歩く。おい、待て。あの木の幹の反射した光って‥‥
「止まれラン!」
「ゑ?」
―――バサァ!
次の瞬間、白い何かが宙を舞い、ランの全身に絡みついた。
「な、なんだこれ!? うわっ!? 動け、動けってばー!!」
ランは木の枝の間からぶら下がるように網目状になった蜘蛛の糸にまとわりつかれてしまい、手足をバタバタさせていた。だから言ったのに‥‥。
「あの……今、目の前で罠にかかりましたよね?」
ルイスがぽつりとつぶやく。冷静で的確な指摘だった。
「あぁ、そうだな」
俺たちが見え見えの罠に引っ掛かった馬鹿に呆れていると木陰からにじり寄っていた巨大な脚が現れた。蜘蛛型の魔物『アラクネ』だ。
「うわぁぁ!なんだこいつ!俺なんか喰っても美味しくないぞ!」
ランはパニックになってしまい、よけい糸から逃れようともがいて絡まってしまっていた。
「そうですよ!こんな助兵衛食べてもお腹壊します!」
「酷くない?」
女子に罵倒されたのがそんなにショックだったのかランはその一言ですぐに正気に戻った。
「ラン、そのまま動くな」
俺は荷物の中から、水筒を取り出し、中の水を木の幹にくっ付いている糸にかける。
「えっ?何してんの?」
ランの疑問に答えるより先に糸は水を吸収しふやけてしまう。アラクネの糸は魔力と水分を吸収する性質があるが、水を吸うと途端にふやけて脆くなってしまうのだ。
「おい、ちょっとこれ落ちギャァァ!」
「キシャァァ!」
そのため、こうして水をかけてやるだけでアラクネの巣は壊れてしまうのだ。無事、ランと魔物が一緒に落ちてきた。ランは糸まみれになりながらも尻もちをついただけだが、アラクネの方はひっくり返された亀のように腹を見せてじたばたしていた。
「うわぁぁ!魔物ちけぇ!」
「ちょっとうるさいですよ!暴れられたら回復できないじゃないですか!」
ランとルイスの掛け合いをよそに俺は隙を見逃さず、腹に剣を突き刺す。こいつの体は固いし、急所が腹以外ないのでこうして倒すのが手っ取り早い。アラクネは体を震わせた後、ピクリとも動かなくなってしまった。
「し、死んだのか?」
「あぁ、無事にな」
俺は剣を腕で挟んで血のりを落とした後、ため息をつきながらそう答える。この魔物は普段、雨を恐れて洞窟に隠れる習性だというのに、こうして森の中に住んでいる。全くの予想外のことである。しかも、魔物に対して知識もない素人同然の仲間二人を抱えている。
幸先が思いやられるな、これは。
人外に勝利して転生したらなんか溺愛されるようになった。 夜野ケイ(@youarenot) @youarenot
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。人外に勝利して転生したらなんか溺愛されるようになった。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます