第8話「油断すると愛情表現が胃に来る話」
―――やらかしたなぁ。
俺は朝の登校路を歩きながら、そう思った。昨日、リリスが危うく女子生徒を一人消し炭にしかけたあの事件。未遂にとどめたからまだよかったものの、あと一歩遅かったら取り返しがつかないことになっていただろう。殺人は人が社会で生きる上で最も禁忌とされる行為だ。それが正当化されてしまえば社会の規律は乱れる。故に人同士は殺し合うことを普段は禁じている。許されるとしたら、戦争か正当防衛くらいなものだろう。
前世の話だが、俺は怪物退治の専門家だった人間だ。仮に人だろうと動物だろうと人を殺せば人に仇なす怪物であり、俺が狩るべき獲物となる。それが俺のポリシーだ。
故に我がままだがリリスには人を殺して欲しくはない。あいつは悪魔だが、人を殺さなければ俺が殺す必要はない。屁理屈かもしれないがそう願ってしまう。
だからこそ、あの事件はまずかった。一歩間違えればあいつは人の中で生きていけない。そのトリガーとして俺がなり得るから距離を置きたかったのだが、中途半端すぎた。
そう思っていた。
が、
学園に着いてみれば、多少ざわついてる程度で済んでいた。『誰かが魔力暴走させて生徒が気を失ってた。』その程度の認識で、その事件にリリスが関わっていることなんて、露ほども知らない様子だった。なんだかよくわからんが、運が良かったらしい。
女子生徒を見ると、
「ヒッ!?」
と短い悲鳴を上げて、真っ青な顔をして顔をそむけた。どうやら、一歩大人になった様子で。
「どうしたの、デイ君?」
「いや、別に」
リリスは昨日のことを気にしている様子はまったくない。いや、正確には──
「昨日のこと?あー……あの邪魔女の話?うーん、思い出すのも面倒っていうか……今日はお弁当食べてくれるかの方が大事だもん」
「……お前なぁ」
「だって、許してくれたしぃ?結果オーライじゃん。」
この悪魔、反省ゼロである。
午前の講義が終わったタイミングで、バルキン先生が黒板をコツンとチョークで、何やら黒板に書きだし始めた。
「告知がある。来月、王立魔道学園恒例の『実地研修』つまり、遠足がある。場所は王都北西のミラグ山脈。実技を兼ねた探索形式だ。頭に入れておくように」
遠足?と思ったが、先生の顔は真顔。楽しそうな雰囲気は一切ない。周りもそれを感じ取ったのか、一切黙ったままである。
「目的は、実際の環境下で魔力の扱いや判断力を試すことにある。遊びではない。魔物が出る可能性もある場所で、集団行動と危機管理を学ぶための訓練だ」
……やっぱ遊びじゃなかったわ。めんどくせぇなぁ。俺団体行動苦手なんだよ。一人で戦った方が効率良いって思っちゃうから。
「細かいことは追々決めることとする。以上質問は?」
淡々と話し続けるバルキン先生の口調は、実に軍人らしい冷静さに満ちていた。なんか、本人の性格もあるんだろうけど固いよなこの先生。
「いないようだな?では昼休みだ」
ドスの利いた声で締めると、バルキン先生は教室を後にした。
(……いや、どう考えても「遠足」って単語が浮いてんだよ。休息できなさそうじゃねぇかこの行事。)
―――
昼休み。いつものように食堂には行かず、俺は教室裏のベンチにいた。そこへ当然のように現れるリリス。手には布包みを抱えていた。
「じゃーん! 今日もお弁当作ってきました!」
「はいはい、ありがとうな。いただきます」
約束通り食事を持ってきたリリスから布包みを受け取る。開けると彩り豊かなサンドイッチや赤いスープ、デザートであろう林檎やブドウなどの果物まで入っていた。前のような見た目がおかしいこともなく、完璧。匂いもいい。
俺はうまそうだなと思い、サンドイッチを一つ口に入れる。
「……ん?」
妙な味がする。いや、不味くはない。むしろ美味しい。しかし、何か鉄臭く、嗅ぎなれた匂いがする。そして、硬い食感もする。おもわず、口から吐き出すと、そこには……赤い液体にまみれた爪と、銀色の髪の毛が一筋。うげぇぇぇ‥‥
――吐きそうになりながら、俺は悟った。
「……おい、リリス。これはどうゆうことだ?」
(嘘でもいいから、間違いって言え!)
食事をする手を止め、吐き出したものを指差す。
「あっ、気付いた?ふふ、さすがアダムたん!」
リリスは悪びれる様子もなく答えてくる。
「おい、まさか‥‥これ全部‥‥」
「うんっ♡ 隠し味にね、私の一部を入れたの!」
満面の笑顔で、まるで恋文でも渡すかのように言い放った。常識ねぇのかよ。
「血と、髪の毛、あと……ちょっと爪も♡」
「……はぁ」
やっぱり、ちょっとでも心許すとコレである。こいつの飯食う時気を付けなければならないことが一つ増えてしまった。どうして食事に神経を使わなければならないのだ。おかしいだろ。もっとこう、気が休まるもんだろうが。
「で、どう?愛の味♡」
「……胃の中に魔法陣描かれる前にやめてくれ」
この日、俺は午後の授業中、消化不良を起こしたのかずっと腹の中がむず痒くて集中できなかった。
―――
――そして、そんな昼休みの光景を。
少し離れた教室の裏手、木の陰からそっと覗いている者がいた。
ラン・セラドである。
「……何だよ、あの距離感……」
握りしめた拳がプルプルと震えている。
ベンチの上で笑顔で弁当を広げるリリスと、それを「はぁ」とか言いながらも受け取るデイモン。
あまつさえ、「私の一部入り♡」という意味不明な弁当を笑顔で食っているその姿を見て、ランは思った。
──は!?なに!?彼女が作った弁当なら食えるってか!?
「学食の弁当だって、けっこう美味しいんだぞ!?」
叫びそうになるのを、グッと堪ええ、歯を食いしばって、拳を握る。
(……くそっ、負けてられねぇ……!)
デイモンへの対抗心と、モテなさへの怒り、そして嫉妬とも言えないモヤモヤがごちゃ混ぜになって、ランは唇を噛み締める。の屈辱、いつか魔力量と筋力に変えてみせる―――そんな決意とともに。
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