第6話「朝は静かに迎えたい話」
朝、目が覚めた。まだ外は薄暗く、朝靄が窓の外を覆っていた。空気は静かで、どこかひんやりとしている。重い頭の中で俺の本能が告げていた。
―――危険が迫っている
俺はそう感じ取り、急いで目を開けると、ベットのすぐ隣にぴったりと顔を寄せている存在がいた。
「おはよう♡」
銀髪紅眼の少女――リリス。いつものように翼は生えていない。畳んでいるのだろう。
「…………お前、何してんの?」
「あとちょっとで……髪の毛、取れたのにぃ……」
話聞けや。あと何?髪の毛って言ったこの子?
聞けば、リリスは俺の寝込みを襲って髪の毛を一本抜こうとしていたらしい。理由はというと
「アダムたんコレクションに加えるのと、契約魔術の素材にしたかったの♡」
とのこと。
怖ぇよ。なんて理由で抜き取ろうとしてんだ。禿げるだろうが。あと、「アダムたんコレクション」って何?
色々と考えが頭の中を巡ったが突っ込む気力も起きなかった。俺はベットから出て、リリスに質問する。
「鍵かけたよな、俺?」
「鍵?」
キョトンとした顔で首を傾げるリリス。もうこいつといると嫌な予感しかしないなと思いながら、恐る恐る部屋の玄関の方へと向かう。
「‥‥マジか」
思わずそんな言葉が口に出た。そこには、もはや「扉」はなかった。ただ、木片の残骸が、バリバリに砕け散り、蝶番ごと引きちぎられた跡だけが残っていた。教師への呼び出し、怒られる、賠償金、成績への影響、親への負担、様々なものが脳裏によぎった。
そして結論を出した。
「スゥゥゥ……朝飯でも食うか」
外から流れる新鮮な空気を吸いながら、部屋の中へ向き直る。そう、最初から扉なんてなかったんだ。
そんなわけで、俺は今日も無傷とはいえぬ精神を抱えて、学園寮の一室で朝を迎えていた。食堂に行けばいいものを、なぜいかないかって?そりゃ、リリスに説得されたからだ。食堂意向と言ったとたんにあいつ、私が手料理作るとか言い出しやがった。断ろうとしたら、『ダメ?』とか真顔で聞いてきやがって、そこは上目遣いで可愛らしくしとけよ。
やがて、目の前にはテーブルと食器が置かれた。香ばしい匂いが鼻をくすぐる。色彩は、まぁ、豊かすぎるとだけ言っておこう。
「できたよ~♡ アダ……じゃなかった、デイ君のためにがんばって作ったの」
テーブルに並べられたのは、黄金色のふわふわオムレツに、白パン、ソーセージは質感から魔獣を使っているのだろう。あと、色がドギツいピンクのジュースがあるのがちょっと怖い。
「色やばいだろ。これ」
思わず聞いてしまった。紅ショウガでもいれたんか?せめてまともな食材であれ。
「ユニコーンベリーの搾り汁とサラマンダーミルクを混ぜたの!美容にもいいんだよ? たぶん」
「おいおい、大丈夫かそれ」
投げやりに言われても喰うの俺なんだけど。あと、どっから材料集めてきた。研究員たちがこぞって薬品に使う類のもんだぞ。
文句を言いつつも、結局手を伸ばしてしまう自分が悲しい。いや、美味いんだよ。認めたくないが味は文句なしで美味い。だが、リリスが作ってるという事実が味覚を曇らせる。あと、見た目どうにかして欲しい。
「ふふ、喜んでもらえてよかった。アダムたん……じゃなくて、デイ君不味いって言われたらどうしようかと思っちゃった」
「その呼び間違い、マジで気をつけろ。俺の平穏が死ぬ」
「平穏なんて、とっくに死んでるでしょ?」
こいつ‥…と思ったが、ふと、皿を並べる彼女の手元に目をやると、小さな絆創膏がいくつも貼られていた。指先には火傷の跡もあり……何度も練習してきたんだなと伝わってきた。
俺は小さく息を吐いた。
その努力に免じて、許してやろう。
―――
朝食を終え、歯を磨き、制服に袖を通す。
どこからどう見ても「普通の学園生活」の始まり──のはずなのに、隣を歩くのが厄介オタク系悪魔というだけで、気が重くなる。いつも神経を使わなければならないからだ。俺がしくじってリリスがやらかしたら?考えたくもない。
教室に入ると、すでに半分ほどの生徒が席についていた。俺とリリスもそれぞれの指定席に着く。始業の鐘が鳴り、しばらくして扉が開く。
「起立、礼。」
教室長が号令をかけ、生徒たちが一斉に立ち上がる。その中心に現れたのは、見慣れた顔、バルキン先生だ。
「着席」
低く通る声に従って、俺たちは椅子に腰を下ろす。
「本日の講義は、『魔術と魔法の違い』についてだ」
黒板の前に立ったバルキン先生が、チョークを走らせながら続けた。
「まず、魔術とは何か。これは『誰でも訓練すれば使える技術』だ。魔力を物体に流し、性質を強化したり、物質化させたりする基礎的な技能に該当する」
俺の専門分野だな。うんうん、わかるわかると心の中で相槌を打つ。
「対して、魔法とは『生まれつき与えられた個別能力』だ。例えば風を操る、動物と意思疎通できる、時に空間を歪めるものもある。だが、他者が真似することはできない」
俺は顔をしかめながら、そうだなとまたもや心の中で相槌を打つ。
その時、不意に隣の席から声がかかった。
「ねぇ、デイモン君ってさ、彼女いるの?」
なんで授業中に聞くかな?あと誰?
いるように見えるか?」
「うーん、でも隣にいる銀髪の子、なんかちょっと怖いし……私の方がいいと思わない?」
笑顔で言いながら、俺の机に体を寄せてくる。いやぁ、肉食系はちょっと‥‥もうお腹いっぱいです。
教室の隅、別の席からそれを見つめる紅い目。
「……は?」
リリスは、小さく呟いた。
(あの女、アダムたんが迷惑な顔してんのわかんねぇのかよ、低能が……もういいや、後で消そ)
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