Rock The Bells~あの鐘をぶっ壊せ!~

ろうと

第1話

 体がのけぞらされそうになるのを必死にこらえ、強風に抗う様に体を前に倒しながら、冷たく強い吹雪の中を歩く。


 視界には白しかなく、目標も目的も見えない真っ白な世界を、男はただ一人、ひたすらに歩き続けた。その世界の中は極寒だった。


 彼が身を包む独特な文様が細部にあしらわれた動物の毛皮で作られているであろう民族衣装は、役に立たず、冷たさは皮膚から肉、骨にまで凍みる。


 身体の感覚は、ずいぶん前から失っていた。常人であればとっくに全身の熱を奪われ死に至っている。男が生きていられるのは、彼自身が特別な種族の人間だということが理由である事は間違いないが、それ以上に彼に宿る使命感が凍りつきそうな体に血を巡らせ、息をさせ、足を動かす大きな要因だった。



 広大な大陸の北側全てにそびえたつ巨大な山脈。あまりの美しさ、雄大さ、そして峻険で過酷過ぎる環境の山脈は、神々の聖域と呼ばれていた。


 大陸内部の人々にとって大陸の最北は、畏怖すべき場所であり、人が立ち入ることを禁じられた場所として神聖視する一部の人々も存在した。


 当然、神々の聖域である北の山脈は大陸の北端であり、山脈を超えた先に何があるのか分からない。


 神々が住まう楽園があるのではないか、或いは、見知らぬ怪物や悪魔が住む地獄ではないのかと、地域や人種またその人々の生きる時代により考え方、捉え方は様々だった。


 ある時代、ある日ある時に大陸の最東から船を出し海路より北の山脈の向こう側を調査しようとした国があった。


 海路であれ、猛烈な吹雪や寒さに変わりはなく、更に海の水は凍り船では進めず途中から徒歩での探索となった。


 気の遠くなる様な距離を劣悪な環境に耐えながら、しかし探求心が後押しをし、長い時間をかけて挑戦するが最終的にたどり着く前に国が滅び、不毛な挑戦は終わりをつげる。


 その際、もっとも山脈の裏側に近づいた人々の、山脈の裏側にたどり着くことが出来なかったという伝聞や伝記は、その後のいくつもの時代を経て広がり伝えられ、いつしか山脈の向こう側には神、もしくは悪魔が住んでいると考えられ、自分たちと同じ人間が存在するとは考えられることは無かった。



 しかし、男は山脈の向こう側から神々の聖域へと足を踏み入れた。


 数日、数十日、ひと月は経ったのかもしれない。


 気が付けば風は柔らかくなり、白だけだった世界が色づき始め、その多くが今度は蒼に染まる。


 蒼穹の先には、手を伸ばせば届きそうな、蒼い空に浮かぶ霞がかり重なり合った大きな月が二つ。山肌に積もる雪の白と遥か彼方まで広がる空の蒼、そのコントラストは多くの人間が壮大さを肌で感じるだろう。


 男は今、神々の聖域と呼ばれる山脈の頂上に立っている。


 雲よりもはるかに高い場所にあるそこからの眺めは、この星の全てを視界に入れる事が出来ると言っても過言ではない程で、遥か彼方に見える星の境界は曲線となり星が球体であることを確認できる程だった。


 しかし男の碧い眼は、自分が登ってきた側とは反対である正面に広がる峻険な山肌、それをなでる様に下に下に下ったはるか先に広がる大地に向けられていた。


 雪や氷に囲まれた銀色の世界しかしらない男にとって緑や土色の大地は、驚きと共に胸を熱くした。


 あいつが言っていた事は、本当だったんだな。


 男は女性の顔を思い出し、呟いた言葉を心で噛みしめると、熱くなった胸の熱は体の隅々まで広がり、力が沸いた。


「さぁ、迎えに行こう。俺たちの息子を」

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