第3話ユニバーサルドナー

ノーライセンスヒーラー


番外編スペシャル 第二話 本編 より続く


第三話:血の繋ぎ目


血の匂いが、路地裏に充満していた。武藤尊は、鍛え上げられた肉体を震わせながら、自身の腕から流れ出る血を、倒れる女性の腹部の傷口に押し当てていた。


「っく…!流れ込め…!生きてくれ…!」


彼は叫び、歯を食いしばる。腕から脈打つように流れ出る己の血が、鮮やかな帯となって女性の腹部へと吸い込まれていく。それは医学的に見て、あまりにも非効率で、あまりにも危険な行為だった。傷口からは女性自身の血も流れ続けており、武藤の血と混じり合い、ただ地面に吸われていくだけのように見える。


しかし、武藤は止めない。彼の脳裏には、ただ「この女性に命の血を分け与える」という一点しかなく、それを実現するためには、自身の肉体を傷つけ、文字通り血を流し続けるしかないという、原始的で強固な信念があった。


周囲の人々は、その光景に息を呑んでいた。最初はその常識外れな行動に呆然とし、次いでパニックに陥り、非難の声を上げていた者たちも、武藤の鬼気迫る必死さに、次第に声を失いつつあった。


「な…なんだあれ…」

「自分の血を…?」

「馬鹿な!そんなことして助かるわけが…」


だが、その中に一人、中年男性が前に出た。町内会の役員か、元看護師か、あるいは単に冷静さを保てる人間だったのか。彼は「おい、あんた!」と武藤に声をかけながら、周囲に指示を飛ばす。


「誰か!清潔な布を!ハンカチでも何でもいい!」

「もう一人!救急車に状況を詳しく伝えろ!通り魔、重傷者だって!」

「お前は!周囲の人を落ち着かせろ!」


的確な指示に、呆然としていた人々の一部がハッと動き出す。何人かが上着を脱ぎ、あるいはコンビニに駆け込んでタオルを購入し、武藤の元へ駆け寄ってきた。


「これ、使ってください!止血に!」

「無理です!そんなやり方じゃ…!」


武藤は、向けられる声には応えない。ただひたすら、自身の腕を女性の傷口に押し当て続ける。しかし、人間の体は無限ではない。輸血パックのような安定した供給はできない。武藤の顔色も、徐々に蒼白になってきていた。体から急速に失われていく血液は、格闘で鍛えた彼の肉体であっても、大きな負担となっていた。


「はっ…はっ…」


呼吸が荒くなる。視界が霞む。だが、武藤の意思は揺るがない。


(まだだ…まだ足りねぇ…!この血で…この血で繋ぐんだ…!)


ユニバーサルドナーであること。それは、彼の肉体に偶然与えられた、ある種のギフトだった。彼はそれを「誰にでも使える血」だと認識し、今、目の前の命を救うために、そのギフトを文字通り身を削って差し出しているのだ。


その時、遠くから、しかし確実に大きくなるサイレンの音が聞こえてきた。救急車だ。


「来た!救急車だ!」

「もう少しだ!」


周囲の安堵の声が響く。しかし、武藤はまだ腕を離そうとしない。彼の脳裏には、救急隊が到着するまでのわずかな時間でさえ、この女性の命が途切れてしまうかもしれないという恐怖が刻み込まれていた。


やがて、けたたましいサイレンの音と共に、赤い光を点滅させた救急車が路地裏に滑り込んできた。救急隊員たちが迅速に飛び出し、状況を把握する。


「どなたか!状況を!」

「被害者は女性!腹部を刃物で…!」

「そして…この男性が、自分の血を…!」


救急隊員の一人が、血まみれの武藤と女性を見て、一瞬目を見開いた。しかし、プロフェッショナルとしてすぐに冷静を取り戻す。


「すぐに離れてください!危険です!」


隊員たちは武藤に声をかけ、手際よく女性の応急処置に取りかかる。武藤は、まるで自身の一部を引き剥がされるかのように、女性から引き離された。彼の腕からはまだ血が流れ続けており、隊員が慌てて止血しようとする。


「俺は…俺は…」


武藤の意識が、急速に遠のいていく。彼の視界に映るのは、女性に酸素マスクが当てられ、点滴が開始される様子。そして、担架に乗せられる女性の、まだ蒼白な顔。


(俺の…血は…届いたか…?)


彼の体は、限界を超えていた。ユニバーサルドナーであろうと、自身の生命活動に必要な血液を失えば、肉体は停止する。彼は、自分の命を削って、確かに目の前の命に「血の繋ぎ目」を作ろうとしたのだ。


「この人の手当ても急げ!大量出血だ!」


救急隊員の緊迫した声を聞きながら、武藤尊の意識は闇の中へと沈んでいった。路地裏には、血の匂いと、サイレンの音、そして、一つの無謀な行動が残した、かすかな希望と混乱だけが残されていた。


武藤尊の無資格の治療(と呼べるかは疑問だが)は、命を救えたのか。そして、彼自身の命は無事なのか。


(続く)

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