第2話「輸血だ、輸血しかねぇ!」

ノーライセンスヒーラー


番外編スペシャル 第二話 本編


アスファルトに広がる血の赤が、武藤尊の視界を灼いた。周囲の喧騒も、呆然とした人々の視線も、今はどうでもいい。あるのは、目の前で力なく横たわる女性と、その命の灯が消えかかっているという現実だけだ。


「おい!しっかりしろ!」


声をかけながら、武藤は上着を脱ぎ捨てた。女性の腹部から血が滲む場所を確認する。ナイフによる深い切り傷だ。止血が最優先。しかし、彼の荒々しい手つきは、医療行為に慣れたものではない。持っているのは、格闘で培った肉体と、生き抜くための直感だけ。


「誰か!タオルか布切れ、固いもの持ってこい!」


叫びながら、武藤は自分の腹筋に力を込める。血管が浮き出るのを確認し、無造作に袖を捲り上げた。その腕は、鍛え抜かれた筋肉の塊だ。


「輸血だ、輸血しかねぇ!」


彼は再び叫ぶ。その声には、焦燥と、常識を超えた決意が宿っていた。


「俺から取るんだ!俺の血を!時間はねぇんだ!」


周囲の誰かが「何を言ってるんだ!?」「素人がそんなこと!」と叫んでいるが、武藤には届かない。彼の脳裏にあるのは、ただ一点。この女性に、生きるための血を送ることだけだ。


(考察)


武藤尊が叫んだ「誰にでも輸血できる血液型」。これは現実の医療において、「ユニバーサルドナー」と呼ばれる血液型を指すと考えられます。具体的には、**O型Rhマイナス(O-)**です。


なぜO-型がユニバーサルドナー(赤血球に対して)なのか?


ABO型: O型の赤血球は、A抗原、B抗原を持っていません。そのため、A型、B型、AB型、O型、どの血液型の人に輸血しても、受け手側の血液に含まれる抗A抗体や抗B抗体が反応しにくいのです。他の型の血液(A型をB型の人に輸血するなど)では、激しい免疫反応(溶血反応)が起き、命に関わります。


Rh型: Rhマイナス(Rh-)の赤血球は、Rh抗原を持っていません。Rhプラス(Rh+)の人にRh-の血液を輸血しても問題ありません。ただし、Rh-の人がRh+の血液を繰り返し輸血されると、抗Rh抗体ができる可能性があります。しかし、緊急時の一度きりの輸血であれば、Rh-はRh+の受け手にも使用可能です。


したがって、O型Rhマイナスの血液は、赤血球製剤としては、原則としてどの血液型の人にも輸血できる「万能の血液」として、特に緊急時や、受け手の血液型が不明な場合に使用されます。武藤尊がこの血液型である可能性は極めて高いと言えます。


しかし、物語の状況はこれを遥かに超えています。


無菌状態ではない: 路上で、素人が、清潔とは言えない状況で血液を採取・輸血する行為は、感染症(細菌、ウイルスなど)を引き起こす極めて危険な行為です。


検査されていない: 武藤尊の血液が、輸血に適しているか(感染症にかかっていないか、異常がないかなど)一切検査されていません。


適切な器具がない: 血液を採取・保存し、安全に輸血するための専用の器具(採血バッグ、輸血セット、点滴ポンプなど)がありません。直接、血管同士を繋ぐような行為は現実には不可能であり、どのように「送り込む」のかは不明ですが、どのような方法であれ、体外に出した血液を再度体内に入れるには、空気塞栓などの危険も伴います。


量の問題: 一度に大量の血液を失った患者には、相応の量の輸血が必要です。武藤尊が自分からどれだけの血液を提供できるのか、自身の生命の危険を冒して行うことになります。


医療知識がない: 輸血の速度、量、合併症への対処など、専門知識が一切ありません。


武藤尊の行動は、医学的には完全に無謀で、本人も受け手も命の危険に晒す行為です。しかし、彼の「無資格」であると同時に「命を救う」という本能的な衝動、そして自己犠牲を厭わない強靭な精神力が、この常識外れの行動を可能にしている(あるいは、させてしまう)と言えるでしょう。彼の「格闘家」という設定は、常人離れした肉体的なタフさを示唆しており、それが多少なりとも自己からの血液提供による負担に耐えうる可能性を示唆しているのかもしれません(それでも、医学的には非常に危険ですが)。


この番外編は、武藤尊が持つ「無資格」というリミッターを完全に外し、「人命救助」という目的に対して、彼自身の肉体と、ある種の特異性(ユニバーサルドナーであること)を、文字通り命懸けでぶつける物語になりそうです。


(本編再開)


武藤は、手近にあった金属片か、あるいは自身の手の甲に力を込めたか…正確な描写は見る者によって違ったかもしれない。ただ確かに、彼の逞しい腕から、鮮やかな赤が滲み出した。


「うっ…!」


痛みを感じながらも、彼は顔色一つ変えない。傷口から流れ出る血を、どうにかして女性の傷口に、あるいは体内に送り込もうとする。それはあまりにも原始的で、あまりにも危険な行為だった。衛生状態など無視。医学的な手順など皆無。あるのは、流れ出る己の命を、目の前の命に繋ぎたいという、ただそれだけの荒々しい願いだ。


周囲からは悲鳴や制止の声が上がる。「やめろ!」「死ぬぞお前も!」「汚い!」「警察を呼べ!」


だが、武藤は聞く耳を持たない。彼の視線は、ただ一点、蒼白な顔で意識を失いつつある女性に固定されている。


「死なせるか…!俺が…俺の血が、お前を生かすんだ…!」


血に塗れた武藤の体が、地面に倒れる女性の上に覆いかぶさるようにして、その命を繋ぎ止めようとしていた。この無謀な試みは、果たして奇跡を生むのか、それとも…。


(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る