第41話 その頃王城では
今朝、王城に吉報が届いた。
賢者が空間魔法で送ってくる書簡には、勇者が精霊の羽を手に入れたことが書かれていた。
「精霊から、よくぞもらい受けたな!」
「さすがは勇者だ」
エドガーとロバートは、順調に旅を進める勇者パーティーに拍手を送る。
勇者たちが次に向かうはドンサール海だ。
狭い海峡から流れ込んだ海水に満たされた内海で、ここを船で渡らなければその先の目的地まで相当大回りすることになる。
しかしそのドンサール海には、昔からクラーケンが棲みついているのだ。
クラーケンとはイカによく似た巨大な魔物。
吸盤のついた複数の足をくねらせて船に絡みつき、航行を妨害するという。
最近ではそのクラーケンが頻繁に現れるようになり、対岸へは陸路でしか行けない状況だと聞き及んでいる。
つまり、船で対岸へ行きたくても現在では船を出してくれる者がいない。
その問題を解決してくれるアイテムが、妖精の羽というわけだ。
精霊の加護をもらった勇者たちが見事にクラーケンを討伐するであろう姿を思い浮かべながら、エドガーとロバートはバルコニーへ向かう。
敷地内の庭園を見下ろすバルコニーでは、エドガーの婚約者であるレティシアがテーブルでお茶を飲みながらふたりを待っていた。
エドガーよりもひとつ年下の二十三歳。才色兼備で品行方正な公爵家の長女。
王太子妃として、そして将来の王妃として申し分のない女性だ。
彼女が貴族学校を卒業した五年前に婚約を発表し、本来ならばもうとっくに結婚していたはずだった。
それを阻んだのは魔族たちの勢力拡大だ。
北の大地で魔王が復活し、同時に勇者が生まれてから十八年が経つ。
勇者の成長を待っていたかのように魔族たちの活動が活発化し、同時に大陸各地に棲息する魔物たちも凶悪化していった。
勇者の招集、仲間選び、旅の準備に奔走するうち結婚式が延期となり、いまに至る。
仕方のないことだからと公爵家もレティシア本人も快く理解を示してくれたが、胸中は穏やかではなかっただろう。
婚約期間を経て……など悠長なことを言わずに、さっさと結婚していればよかったと、エドガーはこれまで幾度も後悔した。
「魔王討伐が完了するまでは、とてもではないが待てません。何年かかるかわからないではないですか」
エドガーが国王に直談判して、勇者の旅がはじまったらすぐに結婚する約束を取り付けた。
その念願の挙式を三日後に控えているというのに……。
「今日は、ロージィがいないのね?」
事情を知らないレティシアが、正面に並んで腰かけたエドガーとロバートへ交互に視線を向けた。
エドガーとのお茶会にいつも同席していたローゼリンデの代わりに、今日はロバートがいる。
「かわいい妹ではなく、むさ苦しい弟ですまない」
ロバートがおどけた仕草で言うと、レティシアは花がほころぶように笑いながら首を横に振る。
「エドと同じ顔をしているあなたを、むさ苦しいと思うはずがありませんわ」
そう言って笑うレティシアは、顔がそっくりな一卵性双生児のエドガーとロバートを見まちがえたことがない。
同じ服装をしていると、実の父親にすら見まちがえられることがあるというのに。
エドガーは、彼女のそういうところも好ましいと思っている。
「ずっと式の準備で忙しかったので、今日こそはロージィに池を案内してもらえると期待しておりましたのに」
レティシアの言葉に、双子の王子たちが同時に紅茶をブッ!と吹いた。
「い、池はダメだ。溺れるかもしれないだろう?」
エドガーがハンカチで口元を拭いながら大真面目に言った。
「安心してちょうだい。噴水の彫刻を見たいだけだから中にまで入らないわ」
レティシアがくすくす笑う。
「そういえばロージィから、子どもの頃に三人で泳いだのが楽しい思い出だと聞いたことならあるわ」
楽しい思い出なものか! 死にかけたんだぞ!
双子の王子たちは同時に心の中で叫んだ。
双子の王子たちが池の中心で溺れた事件のせいで、怒った王妃が命じて池の水をすべて抜いてしまった。
それではさすがに景観が悪いと国王が改修工事をすすめ、池を浅くしたついでに噴水を設置した。
工事が完了した時、ローゼリンデは寂しげにもう泳げないと言っていたけれど、泳がせないための措置だ。
エドガーは、黒歴史となっている池をバルコニーから見下ろした。
噴水のキラキラした水にローゼリンデの無邪気な笑顔が浮かぶ。
今日も夢中になって聖剣を振り回しているにちがいない。兄の結婚式のことなど、どうせ忘れているのだろう。
ある筋からの情報によれば、「ユニコーンの乙女がガルーダを手懐け、その背中に乗っていた」とか、「ユニコーンに抱かれて空を飛んでいた」とかいう目撃談があるらしい。
もう何を聞いても驚きはしないが、あまりにも斜め上を行っていやしないかと呆れてしまう。
ローゼリンデが結婚式に参列しないかもしれない――今日はそれを告げるために準備で忙しいレティシアを呼んだ。
レティシアに対してローゼリンデのことを誤魔化しつづけるのも限界がある。
真実を話すのが遅くなればなるほど、なぜもっと早く教えてくれなかったのかと彼女を傷つけることになるだろう。
国王と王妃からは、どこまで説明するかは任せると言われている。
ローゼリンデの秘密が外部に漏れさえしなければいいと。
その点、公爵家で行き届いた教育を受けてきたレティシアなら問題ないだろう。
ロバートは先ほどからテーブルの下で、エドガーの足を小突きまくっている。
早く切り出せと急かしているのだ。
しかし、いつのことから、どの秘密をどこまで明かせばいいのかさっぱりわからない。
なにせローゼリンデには、ぶっ飛んだ裏の顔が多すぎるのだから。
意を決したエドガーが立ち上がり、レティシアに恭しく手を差し伸べた。
「俺がロージィに代わって噴水を案内するよ」
「あら、うれしいわ」
レティシアは笑顔でエドガーの手を取ったのだった。
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