第15話 諦めて

「あのですね。ぼくはお母様にとっても美味しいキャンディーをもらいました」

「よかったですね!」


 ディルクに報告すれば、彼はにこにこと満面の笑みで応じてくれる。そのきらきらとした目は、間違いなくぼくのキャンディーを狙っている。でもぼくは五歳だ。五歳の子からお菓子を奪うなんて許せないぞ。


 こっそり拳を握って、気合を入れる。

 シリルお兄様は、いまだに鋭い目でディルクを睨みつけている。この調子であれば、お兄様はぼくの味方をしてくれそうである。


「でね、さっきお父様にキャンディーあげました」

「さすがフィル様ですね!」


 手放しでぼくを褒めるディルクはどういうつもりなのだろうか。まさかぼくを褒めて自分もキャンディーもらおうと計画しているのだろうか。卑怯だぞ。


「ぼくはシリルお兄様にもキャンディーおすそ分けしたいと思います」

「ですってよ! よかったですね、シリル様」


 くるっとシリルお兄様を振り返るディルクは、嬉しそうに笑っている。パタパタ揺れる尻尾の幻覚が見える気がする。


 ぼくの言葉に、シリルお兄様が破顔する。


「フィルは優しいね。ありがとう」

「はぁい! ぼくは優しいでーす」

「うん。すごく優しいね」


 お兄様に優しく頭を撫でられて、ぼくは得意な顔で胸を張る。ぼくは賢くて気遣いもできる五歳である。シリルお兄様もぼくを見直すに違いない。


 だが、ぼくはここでひとつの事実を告げなければならない。小瓶に残ったキャンディーは五個。ひとつはシリルお兄様にあげるので、実際にはあと四個。ぼくの分がこれ以上減ってしまうのは納得できない。


「ディルクは大人だから、我慢して。ぼくのキャンディーがなくなっちゃう」

「……?」


 きょとんとした顔で目を瞬くディルク。もしやぼくの言葉が理解できなかったのだろうか。眉尻を下げて情けない顔のぼくは、再度ディルクに「ディルクの分はないです」と分かりやすく説明する。


「ごめんね。ディルクは大人だから。あとぼくとそんなに仲良しじゃないので、キャンディーあげません」

「仲良しじゃない……」


 ぼんやり繰り返すディルクは、ちょっぴり悲しい顔になってしまった。だがシリルお兄様は当然という顔をしている。


「フィルは優しいね。ディルクのことなんて放っておいていいんだよ」


 お兄様の冷たい言葉に、ディルクも弾かれたように頷いている。


「フィル様。俺のことはお構いなく」

「そう? じゃあ残りは全部ぼくが食べまぁす」

「はい! どうぞどうぞ」


 にこやかに言ってくれるディルクに、ホッと胸を撫で下ろす。ぼくのキャンディー、ちゃんと死守できたぞ。


 安心したぼくは、早速キャンディーをお兄様におすそ分けする。デレデレしているお兄様は、お父様そっくりである。さすが親子。でも似ていると言おうものなら、シリルお兄様は絶対に機嫌を悪くする。ぼくはすっかりお兄様の行動が読めるようになってしまった。


 美味しいと言って笑顔になるシリルお兄様は、甘いものが好きみたいだ。やっぱりそういうところはお子様だな。


「シリルお兄様」

「うん?」

「お兄様は反抗期ですか?」


 とりあえず一番気になっていたことを尋ねてみれば、シリルお兄様がピシリと固まった。その背後では、ディルクが口元を押さえて小刻みに震えている。どうやら笑いをこらえているらしい。


 今のどこに笑う要素があったのだろうか。ディルクのツボは謎である。やっぱり前世が犬だから、感性が独特なのかもしれない。ネッドを振り返れば、いつもの澄まし顔で佇んでいた。この場で笑っているのは、ディルクだけ。


 よくわからないので、ディルクのことは無視しておこう。シリルお兄様に視線を戻せば、ようやく復活したお兄様が「どうしてそう思うのかな?」とやや引きつった声で問いかけてきた。


「……お父様がそう言っていました」


 シリルお兄様は、お父様という単語を出すだけで不機嫌になる。だからちょっぴり迷ったのだが、変に隠しても拗れたら面倒なので正直に白状しておく。


 案の定、お父様の単語を耳にしたシリルお兄様は真顔になってしまった。どういう気持ちなのだろうか、それ。


 どこか遠くを見ているお兄様は、やがて深いため息を吐き出した。やれやれと言わんばかりの仕草に、ディルクが噴き出した。いまいち空気の読めない侍従さんを無言で睨みつけて、お兄様は「フィル」とぼくを呼ぶ。


「父上の話は聞き流していいからね?」


 そんなわけないだろう。しかし父上呼びなのかぁ。お兄様が一応はお父様を敬っていることがわかり少しだけ安堵する。まぁ形だけかもしれないけど。


「お父様は、シリルお兄様ともっと仲良くしたいと言っています」

「……仲良しだよ」


 絶対に嘘じゃん。

 すごく棒読みで返してくるお兄様は、明らかに嘘をついていた。五歳のぼくでも簡単に見破ることができる嘘だ。


「お兄様、嘘はよくないです」

「……」


 今度は黙り込んでしまったお兄様。その表情は無。お兄様、一体なにを考えているのぉ?


 ちょっぴり不安になったぼくは、この場で唯一空気を読まずに笑顔を浮かべるディルクに駆け寄った。

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前世を思い出して賢くなったぼく、家族仲を改善します! 岩永みやび @iwa77

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