第14話 おすそ分け

 お父様とお母様の仲が一応改善した今。ぼくのやるべき事はひとつ。


 シリルお兄様と両親の仲を改善するのだ。


 お兄様とお母様は多分大丈夫だと思う。お母様は基本的にシリルお兄様を溺愛しているから。お兄様はそれを鬱陶しいと思っていそうだけど、邪険にはしていない。ただの思春期あるあるなので大丈夫だろう。放っておいてもそのうち改善すると思う。問題はお父様だ。


 お父様は、シリルお兄様へのあたりが強い。それもこれも跡継ぎとして立派に育ってほしいという思いからだというのは理解できる。だからシリルお兄様とお父様がバチバチしているのは、ある意味では仕方がないのかもしれない。


 だが問題はもっと深刻だ。

 なんかお父様、シリルお兄様の気持ちをいまいち理解していなさそうなのである。すれ違いがすごいのだ。このままだと変な拗れ方しそう。というか既に拗れている。手遅れ一歩手前っぽいぞ。


 お兄様にも優しくしてねとお父様にお願いしてみたのだが、「シリルは反抗期だからね」という軽い言葉で流されてしまった。


 まぁ年齢的に反抗期でもおかしくはないけどさ。

 もうちょっと歩み寄ろうよと眉尻が下がってしまう。あれは単に反抗期という言葉では片付けられないと思うんだけどな。お兄様の前で「お父様」という単語を出すだけで空気が凍るのだ。五歳のぼくはふるふる震えるしかない。なんて情けなさ。まだ五歳だから許してほしい。


 ネッドを引き連れたぼくは、お兄様の部屋に向かう。片手には、お母様にもらったキャンディーの小瓶を握っている。とりあえずはお兄様に甘いものをあげて懐柔しよう。お兄様だってまだ十二歳だ。キャンディーをちらつかせれば多少は思い通りに動かせそうな気がする。


 ぼくは前世を思い出してちょっぴり賢くなったので。十二歳のお子様の扱いなんて朝飯前なのだ。


 るんるんと足取り軽くお兄様の部屋に突入する。ネッドも律儀についてくる。


「シリルお兄様ぁ! 元気ですかぁ!?」

「フィル! 会いにきてくれたの?」


 嬉しいなと出迎えてくれるお兄様は、とっても素敵な笑顔だ。クール系美少年のキャラがちょっとブレてない? 大丈夫?


 だが冷たくあしらわれるよりは断然いいので、ぼくもにこにこ笑顔を返しておく。ひたすらふたりでにこにこしていれば、ずっと部屋にいたディルクが苦笑する。


「シリル様。とりあえずフィル様を座らせて差し上げたらどうですか?」


 ディルクの提案に、シリルお兄様がハッと顔を上げる。そのまま「ごめんね、フィル」とぼくをソファに案内してくれた。ディルクは気の利く侍従さんだ。普段はクール系お兄様の面倒を見る隙のないお兄さんなのだ。時折犬っぽい仕草をするけど。


 そんな絶対に前世犬であろうディルクは、ぼくの握る小瓶を見つけてにこにこしている。


 ……もしかしてディルクもキャンディーほしいのだろうか。


 シリルお兄様には一個あげる予定だったけど、ディルクにも分けてあげる予定はなかった。さっと小瓶に視線を落として残りのキャンディーを無言で数える。


 あと五個か。


 ぼくのお楽しみが減ってしまう。だがディルクの満面の笑みを無視できない。いや、ディルクは大人なんだから少しは我慢するべきじゃないだろうか。少なくとも五歳のぼくからキャンディー奪うなんて横暴なことはするべきじゃない。


 むむっと難しい顔で考え込んでいれば、隣に座ったシリルお兄様が「どうしたの? お腹空いた?」とぼくの顔を覗き込んできた。


 お兄様は、ぼくのことを一体なんだと思っているのだろうか。いまだにお馬鹿な五歳児だと思われていそうな気がする。これでも前世を思い出して、ちょっぴり賢くなったんだけど。


 しょんぼりした顔で、ディルクのことを見上げる。目線が合った瞬間、ディルクが不思議そうに首を傾げた。


「どうかしましたか? フィル様」


 にっこり笑顔のディルクが、わざわざ片膝をついてぼくのことを伺ってくる。小瓶を握りしめて、ぼくはディルクを見据えた。


「ごめんね、ディルク」

「はい? 一体なんの謝罪でしょうか」


 本気で意味がわからないと目を見張るディルクに、シリルお兄様が鋭い視線を投げた。ひんやり冷たい目を向けるお兄様に、部屋の空気がちょっぴり凍ってしまう。ビクッと肩を揺らすが、お兄様もディルクも動じない。むしろバッチバチに見つめ合っている。先に視線を逸らした方が負けなんだな、きっと。


 先に動いたのはディルクであった。


「シリル様。そんな怖い顔しないでくださいよ。フィル様が怯えておられますよ」


 ぼく別に怯えてないもんね。

 慌てて背筋を伸ばして平気なふりをしておく。ぼくはとってもクールなお兄さんになるので、これくらいでは全然これっぽっちも動じないんだからな!


 ふんと胸を張るが、シリルお兄様は「ごめんね!」と大慌てで謝罪してくる。やめなさい。まるでぼくがお兄様にビビっちゃったみたいになるじゃないか。


「ぼくは平気です」


 ぼそっと主張するが、お兄様はあんまり真面目に取り合ってくれない。ぼくの頭を撫でて「ごめんね。泣かないでね」と困ったように眉尻を下げている。だから! 泣いてないもん!


 どうやらお兄様、ぼくが突然ディルクに謝罪したので驚いてしまったらしい。少々過激なお兄様は、「フィルに謝罪させるとはどういうつもりだ」とディルクを責めはじめる。


 別にディルクは悪くないんだけどな。というかそろそろ本題に入ってもいいだろうか。ぼくのキャンディー死守するために、ぼくはディルクと今から戦わなければならないのだ。お兄様とディルクのバチバチバトルを眺めている場合ではない。

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