危険度SSダンジョンでパーティに置き去りにされた俺はSSS級のスキルに目覚め、SSSSSランクの冒険者になる 〜戻ってこいと言われてももう最強となった俺遅い。はチートハーレムで無双する〜

羽川明

絶体絶命

「ホルス、遅いぞッ!」

「わ、悪いっ」


 ベルラントに怒鳴られるのは、今日だけで何度目だろうか。先頭を行く盗賊のギンスが渋い顔でこちらへ振り返る。


「これだから能なしは」

「……悪い」


 肩幅の倍はある山のような荷物を背負い込み、俺は追いつこうと駆け出す。後続の魔法使いナーガが鋭く舌打ちをした。


「ホルス、荷物が邪魔で前が見えないんだけど!」

「ご、ごめん!」


 慌てて脇にそれてナーガの視界を確保する。その拍子に隣を歩いていた回復術師のマノルとぶつかる。


「ちょっと!」

「ごめん、ホントごめん!」


 パーティの空気は最悪だった。初めての危険度SSダンジョン攻略で、みんなただでさえ余裕がないというのに。全部俺のせいなのか?


「しっ! ベルラント、モンスターだ。それもかなり大きい」


 ホークギルドでも屈指の索敵能力を誇るギンスが伸ばしっぱなしのひげをなぞった。調子が悪いときのギンスの癖だ。よほどの強敵らしい。


「ギンス、俺の後ろに下がれ! ナーガ、マノルの隣まで前進! ホルスは……最後尾にでもいろ」


 ベルラントの指示が飛び、あっという間にいつもの陣形に。その間も歩くスピードを落とすことはない。

 少し歩くと、レンガ造りの通路の先、深い霧の向こうに大きな影が浮かんで見える。人型で、角ばったシルエット。おそらくゴーレムだろう。それも今回は3メートル以上の大物。これは厳しい戦いになりそうだ。


「ん? 待ってくれベルラント、様子がおかしい」

「何?」

「この匂い……ただのゴーレムじゃないかも知れない」


 ギンスが言い終わると同時、けたたましいサイレンが鳴り響いた。


「なんだ!?」

「うぅっ」


 耳を塞いでも息が苦しくなるほどの大音量。音の出どころは目の前のゴーレムらしき影からだった。その影は、今は頭頂部から断続的な赤い光を灯していた。


「なんだコイツは!」


 焦るベルラント。


「わからない。とにかくゴーレムじゃない。機械系のモンスターだ。こんな大物、見たことがない。逃げよう、ベルラント」

「あぁ、だが……」


 パーティの中でももっとも耳がいいギンスが苦しそうに両耳を抑える中、ベルラントが青い顔で前方を指差す。ゴーレムもどきの背後から、わらわらと子どもサイズの影が近づいてくる。ものすごい速度だ。

 がしゃんがしゃんと金属がぶつかりあう音を立てながら、無数の影が迫る。


「クソッ、クソッ、こんなところで……」


 絶望するギンス。血の気が引いたベルラントが、やっとのことで言葉を絞り出す。


「囮が必要だ。アイツら全員を引きつける囮が」

「そんなっ、そんなのって」

「なら他に何かあるか!? 俺たち全員が助かる、最善策が!!」

「それは……」


 押し黙るマノル。それ以上反論はなかった。


「でも、誰が?」


 ナーガが褐色の肌を青くしてつぶやく。

 全員の視線が、俺に降り注いだ。


「ま、待ってくれよ」


 青ざめる。さあっと一気に血が凍る。


「俺はただの荷物持ちだぜ? まともに戦えやしない。命の補償が──」

「──でも、囮にはなる」


 ベルラントの一言。誰も、何も言わない。それがみんなの総意らしい。


「俺がしんがりになってみんなを守る。先頭はギンス、頼んだぞ」

「わかった」

「ちょっと」

「マノル、走りながらで悪いが俺にかけられるだけバフをかけてくれ」

「わかったわ」

「ちょっと、待ってくれよ!」


 もう誰も、振り向きもしない。ベルラントの合図で一斉に走り出して、かたつむりみたいに荷物を背負った俺だけが大きく遅れを取り、あっという間に置き去りにされる。


「待って……待ってくれ! 頼む! 頼むよぉ!」


 みっともなく泣きじゃくっても、鼻水を垂らしても、誰も答えてはくれなかった。

 がしゃんがしゃん。

 金属音がすぐそこまで迫る。嫌だ。振り向きたくない。


「そうだ、荷物をおいていけば!」


 どうして気がつかなかったんだろう。こんなときだ。荷物なんて気にしてる場合じゃない。きっとみんな許してくれる。

 体に縛りつけていた荷物を振り解いて、立ち上がった次の瞬間。


「がああぁぁぁっ!?」


 前方から魔法が飛んできて、俺は荷物もろとも吹き飛んだ。ベルラントたちが逃げていった方向からだった。


「まさかアイツら、本気で……」


 本気で、

 俺を、

 で?


「ああああぁぁぁっ、痛い、痛いっ!!」


 左腕のひじから先があり得ない方向に曲がっていた。あざが紫を通り越してどす黒い。壊死してしまうかもしれない。


「死にたくない……死にたくない……」


 左腕をかばいながら、必死で走った。命がけで、死に物狂いで。

 がしゃんがしゃん。

 金属音がすぐ横から聞こえる。追いつかれた。振り向くと、小人みたいな大きさの人型の機械が、こちらを見てむき出しの歯をかちかち鳴らしていた。


「笑ってやがる」


 俺のこと馬鹿にして、笑ってやがる。

 見たところ武器らしい武器は持っていない。けれど、あの鋼鉄の拳で殴られたら俺なんてひとたまりもないだろう。こんなのがあと、何十体もいるのか。


「終わった。終わりだ。こんなの、かないっこない。こんなの、こんなのっ」


 走りながら大粒の涙がこぼれ落ちる。口元は笑っていた。笑いながら泣いて、泣きながら笑っていた。


「畜生、死んでたまるかぁ!」


 腰の短剣を抜き、右を並走する小人の機械に飛びかかる。レンガ造りの床に押し倒しながら首元を狙い、短剣の刃先を何度も何度も打ちつけた。

 火花が走り、オイルが飛び散り、小人の機械型モンスターの首がもげる。それでも手足が暴れるので、今度は胸元をめちゃくちゃに切り裂いた。

 歯車をちぎり、コードを引きちぎってぶっ壊すと、機械モンスターはやがて機能停止した。


「やった、やった!」


 モンスターに馬乗りになったまま思わずガッツポーズを決める。

 束の間、影が落ちた。

 ハッとして見回すと、狭いダンジョンの通路の中に、機械モンスターが鮨詰めになっていた。完全に囲まれている。

 どこからか、さっきのサイレンも聞こえる。後方から、巨大な人型の機械モンスターが近づいてきていた。


「もう、ダメだ。おしまいだ」


 動かなくなった機械モンスターの上にへたり込み、俺は力無く笑う。

 次の瞬間、ぽーんと軽快な電子音声が頭の中に響いた。


 ──スキル:馬力 を、獲得しました。


「馬力?」


 聞いたことがないスキルだった。とはいえ、使い方は体が知っている。それがスキルのルールだった。

 試しに俺を取り囲む小人の機械モンスターのうちの一体を蹴り上げた。


「うおっ!?」


 右脚が急加速して風を切り、機械モンスターを壁までぶっ飛ばした。モンスターはレンガにぶつかって粉々に砕け散る。なるほど、これは使える。

 危険を察知したのか、鮨詰めになった小人機械モンスターたちが一斉に警告音を発し出した。鉄の拳を握りしめ、殴りかかってくる。しかし、


「よっ、とっ、よっと」


 その場でぐるぐる回りながら射程距離に入ったモンスターから順に蹴っ飛ばしていくだけで、簡単に対処できてしまった。


「ハハ、軽いや」


 それどころかさっきまでの緊迫感が嘘のように身軽になる。左腕は変わらず痛いものの、それも耐えられる程度だ。

 鼓膜を圧迫するサイレン。そうだ、忘れるところだった。奥に大型の機械モンスターがいる。でも、今なら。

 まったくと言っていいほど、怖くはなかった。


「そらそらそらそら!」


 小人の機械モンスターたちの頭を踏みつけながら通路を駆け抜ける。その先の突き当たりに、そいつはいた。

 頭に大きな赤い警告灯がくっついた、大柄の人型機械モンスター。機構がむき出しの小人たちとは違い、そいつは人間の筋肉のような装甲を身にまとっていた。

 小人モンスターの頭を強く踏みつけ、ぐんと加速する。俺はそのままの勢いで猛然と走り抜け、壁のような大型機械モンスターに激突する寸前で飛び上がって、胸の装甲に飛び蹴りをかました。


『ギギグググ……』


 鳴き声だろうか。さびついた歯車がこすれるような音を立てて大型機械モンスターは滑るように後退する。床との摩擦で火花が立った。

 俺はというと蹴った反動で跳び上がり、モンスターから一定距離後方に着地していた。


『ググギギギ……』


 モーターが加速するような音がした。怒っているのかも知れない。大型機械モンスターの両手首の装甲が展開し、右手に円盤状の電動カッター、左手にハンマーを装備する。

 どうやらコイツはさっきの雑魚モンスターたちと違って丸腰では終わらないらしい。

 それでも、負ける気がしなかった。体中から力が湧いてくる。


「こいよ」


 手のひらを上に向けて挑発する。大型機械モンスターは再び駆動音を鳴らし、がしゃんがしゃんと走り出した。

 対する俺もレンガの床がへこむほど踏み込む。

 レンガ造りの壁がものすごい勢いで後方に流れていく。鮨詰めになった小人機械モンスターたちをちりのように蹴散らし、大型機械モンスターに向けて駆ける。

 右手の電動カッターが甲高い音を立てて駆動した。問題はあれか。俺は小人機械モンスターのうちの一体を右手で軽々と持ち上げ、胸に抱き込む。

 疾走。両者の距離がゼロに迫る。

 俺は跳び上がり、俺を切り裂かんと回転する電動カッターに小人機械モンスターを空中で押しつけて封じ込める。


「と、ど、め、だああぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」


 勢いのままにみぞおちに向けて特大のドロップキックをかました。 

 大型機械モンスターは突き当たりの壁までぶっ飛び、衝突と同時に爆散する。


「よっしゃああぁぁっ!!」


 勝った。俺は自力で窮地を脱したのだ。考えると、今更のように膝がガクガクと震える。


「勝った、勝った、良かったぁ」


 全身の力が抜け、その場にへたり込んだ。レンガの床は機械モンスターたちの残骸で足の踏み場もないくらいで、座り込むと心地が悪かった。それでも、今は立ち上がる気になれなかった。


「そこに、誰かいるの?」


 不意に、大型モンスターが激突した突き当たりの向こうから、咳き込む女の子の声が聞こえてきた。


「あ、あぁ、いる。いるよ」


 少し迷ってから、返事をする。

 ダンジョンには人の声を真似て誘き寄せようとするモンスターがいる。けど、そういうのが出るのは大抵森のダンジョンで、ここみたいなレンガ造りの迷宮ダンジョンにはいないはずだ。


「お願い、助けて」


 女の子は、今にも消え入りそうなか細い声で咳き込む。いかにも罠っぽいが、今の俺にはスキル『馬力』がある。まず大丈夫だろう。

 警戒しながら曲がり角の向こうに顔を出すと、冒険者らしき黒髪のウルフカットをした軽装の女の子が壁にもたれかかって座り込んでいた。


「大丈夫か!?」


 血相を変えて走り寄る。太ももに破いた布切れが結び付けられている。そこからどくどくと血が滲んでいた。深傷を負っているようだ。


「ごめんなさい。助けを借りる気はなかったんだけど、油断しちゃったみたい」


 言いながら、女の子は何度も咳き込んだ。傷口から体にばい菌が入ったのだろうか? 一刻も早く治療が必要だ。


「大丈夫、俺に任せて。ほら」


 座り込んで背中を向けると、女の子はよろよろと俺の首に手を回し、後ろから抱きついた。背中に当たる思いのほか大きい二つの感触にどぎまぎしながら、傷口が広がらないよう慎重に立ち上がる。


「ありがとう。でも、あなた一人なのね。私を背負ったままこのSSダンジョンを出ることなんてできるの?」

「あぁ。、希望が見えてきたところだ」

「え?」



「きゃああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」


 できるだけ女の子に振動がいかないように気を配りつつ、俺はダンジョンを爆走した。迷宮とはいえ、来た道を引き返すだけならなんのことはない。


「すごいすごい、これならモンスターなんてみんな振り切っちゃう!」


 女の子のうれしそうな声が、ダンジョンの中にこだました。

 あっという間に各階の階段にたどり着き、地下4階、3階、2階とぐんぐん上っていく。転移魔石もなしにものの数分で入り口まで辿り着いた。


「ありがとう、楽しかった!」


 背負ったまま、ぎゅっと後ろから抱きつかれた。一層確かになる二つの感触。うん、生きてて良かった。


「どういたしまして。それより、早く手当をしてもらわないとな」


 幸い、危険度A以上の大型ダンジョンの入り口には大抵ギルドとセットで救護施設がある。

 女の子をおぶりながら体で扉を押し開くと、何やら話し声が聞こえてくる。


「『俺が囮になるから逃げろ!』って言われて、必死で逃げてきたんです」

「アイツは、本当に、最後の最後まで、立派なやつでした」

「馬鹿野郎、最年少のくせに、俺たちより先に逝きやがって……」

「ホルス、ぐすっ、うわぁぁぁぁーーーーーーーん!!」


 そこでは、救護室兼ギルドの受付で、ベルラント以下4名が俺の死を惜しんで大号泣していた。コントかな?

 扉についたベルの音に振り返る一同。目が合うや否や、氷のように固まってしまう。


「良かったですね、ホルスさん、生きてましたよ!」


 重度の天然なのか、明るい茶髪の受付嬢さんが飛び上がって喜ぶ。なんなら涙まで流していた。結婚してくれ。

 それはともかく。


「この子、ひどい怪我で、咳も止まらないみたいで。早く治癒魔法を!」


 ベルラントたちを押し退けて背中におぶった女の子を見せると、天然受付嬢さんは血相を変える。すぐに担架を持った大柄な男二人組が現れ、女の子を救護室に運んで行った。


「さて」


 腰に手を当てながらわざとらしく振り返ると、ベルラントたちは一斉に青ざめる。さっきの大型機械モンスターに出会した時の比ではなかった。


「ほ、ホルス。なんだ、その、生きてたんだな。良かった。本当に良かった」


 手のひらを返して擦り寄ってくるベルラント以下4名。

 俺は親指を地面に向けて突き立て、にっこり笑顔で一言。


「くたばれ」

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