ティアラのないおひめさま

@hjmiya

ティアラのないおひめさま

今からかなりむかし、ある海辺の大きな国に、小さなお姫様がいました。

小さなお姫様というのは、一番年下ということと、体が少しだけ小さいので、そうよばれていました。


その国では月に一度、王様が街を見て回るしきたりがありました。

小さなお姫様は、これがあまり好きではありませんでした。

小さなお姫様には、大きなお姉さんお姫様がたくさんいて、王様の後にはその大きなお姉さんお姫様がたくさん並ぶので、小さなお姫様は最後になってしまうからです。


毛皮のマントに宝石のたくさんついた王冠をかぶった王さまが、金の杖を片手に歩くと、そのあとを色とりどりのドレスを着たお姉さんお姫様が何人も続きます。

一番下の小さなお姫様は、その最後に並ばなければなりませんでした。


でも、小さなお姫様には楽しみがひとつだけありました。それは、街の人たちが、小さなお姫様には笑顔で手を振ってくれることでした。

背の高いお姉さんお姫様たちは、みんなかかとの高い靴を履いて、鼻を上に向けてつんとすました顔で、街の人たちの顔を見ることもなく、気取った足取りでさっさと歩いていってしまいます。

小さなお姫様は小さいので、上を向いても街の人たちの顔がしっかり見えてしまうのです。

そうなると、小さなお姫様は、ついにっこりと笑って手をふります。

すると街の人も、にっこり笑って手を振ってくれるのです。

小さなお姫様はそれが嬉しくて、お見送りをしてくれる門番や、お城を守ってくれる隊長さんにも、いつも笑顔で手を振っていました。


ある日、いつものようにお姉さんお姫様にくっついて街を歩いていると、あるお店の中から、女の子が追い出されている姿が、小さなお姫様の目に入りました。

女の子は泣きながら店主に何かお願いしますが、店主は首を振ると、ばたんと扉を閉めてしまいました。

とぼとぼと帰る女の子が気になったお姫様は、そっとその行列を抜け出すと、女の子の後を追いかけました。

いつもお姫様たちが歩く大通りの奥の、うす汚れた裏路地で、女の子は座り込んで泣いていました。

お姫様がわけを聞くと、お母さんが病気で、お薬が必要だと言うのです。

「さっき、買おうとしたんだけど、高くて買えなくて⋯⋯ありったけのお金を持っていってお願いしたんだけど、たりないからだめって言われたの」

そう言った女の子に、お姫様はだまって頭のティアラを差し出しました。

いいの?とびっくりする女の子に、お姫様はティアラを握らせます。

「ティアラはまた作ればいいけれど、お母さんは作れないもの」

女の子は何度もありがとうと言いながら、大通りの薬屋へと走っていきました。


お城に帰ろうと歩きだしたお姫様の耳に、赤ちゃんの鳴き声が聞こえました。

見ると痩せ細った女の人が、一生懸命赤ちゃんをあやしています。

どうしたのかと訊ねるお姫様に、女の人は泣きそうな顔で言いました。

「この子にあげるミルクがもう底をついてしまったんです。

昨日からなにも飲ませてあげられなくて」

それを聞いたお姫様は、すぐに自分の宝石のついた靴を脱いで、女の人に渡しました。

「とても助かりますが、それではあなたが足を怪我してしまいますよ?」

びっくりする女の人に、お姫様は靴を握らせて言いました。

「足を怪我したくらいじゃ死なないけれど、ミルクがないと赤ちゃんは死んじゃうわ」

女の人は何度もお礼を言いながら、市場へと歩いていきました。


 怪我をしないようにそろりそろりと歩くお姫様は、小さな家の前に何人かの子供を見つけました。

その子達は一番大きな男の子に、おなかがすいたとしきりに訴えています。しかし、男の子は困った顔をするばかりです。

どうしたのかと訊ねるお姫様に、男の子がうなだれて言いました。

「母さんがどっかにいっちまって見つからないんだ。家にある食べ物は昨日みんな食べちまってお金もない。こうなったら、おれが泥棒でもするしかない」

お姫様はそれを聞くと、男の子の家に入って行きました。

そうして、ぼろですが何とか着れそうな服を探し出すと、たくさんの飾りのついたドレスを脱いで差し出しました。

「小さいけれど布はいいものだし、宝石もついているから高く売れるわよ」

そう言ってお姫様は、男の子にドレスを握らせます。

口をぱくぱくさせる男の子に、お姫様は小さな子供の頭をなでて言いました。

「ドレスはお城にいけばたくさんあるけれど、この子達のパンはないんでしょ?ほら、お腹の虫が大騒ぎしてるわ」

男の子と子供たちは、口々にお礼を言いながらパン屋に走っていきました。


お城に帰りついた小さなお姫様は、いつもの通り門をくぐってお城に入ろうとします。けれど、門番がお姫様のくびねっこを掴むと、ぽいと外に投げ出してしまいました。

驚くお姫様は、自分は王様の一番下のお姫様だと訴えますが、ティアラもドレスもない、ぼろを着ただけのお姫様を、お姫様とは思ってくれませんでした。

「ティアラもないうえに、そんなぼろぼろの服にはだしのお姫様なんかいるもんか」

そう言って笑った門番は、お姫様の目の前で門を閉めてしまいました。



行くあてのないお姫様は、とぼとぼと街に戻りました。

食べるものも眠るところもない心細さに涙があふれてきます。

ぽろぽろとこぼれた涙が石畳にいくつも落ちてしみを作っていると、ふいに明るい声がしました。

「やあ、可愛いお姫様、何を泣いているんだい?」

驚いて顔をあげると、少し汚れた服を着た、そばかすのある男の子が、お姫様に笑いかけていました。

「あなた、私がお姫様って知ってるの?」

「そりゃあこれだけ可愛ければお姫様にだってなれるだろうよ。で、どうしたんだい?」

その言葉に、小さなお姫様はがっかりしました。やっと自分をお姫様だとわかってくれる人に会えたと思ったのに、ただのおせじだったのですから。落ち込むお姫様に、男の子は明るい声で言いました。

「そんなにがっかりしないでさ。本当のお姫様なら、にっこり笑ったほうがいいよ。ほら、たまに来る王様の行列の、いつも最後にいるお姫様も、すごく可愛く笑ってくれるんだぜ」

その言葉にびっくりするお姫様をよそに、男の子は嬉しそうに言いました。

「他のお姫様はツンケンして、おいらたちには見向きもしないのに、あの小さなお姫様だけは、にっこり笑って手を振ってくれるんだ。この前なんか、おいらを見て笑ってくれたんだぜ。嬉しかったなあ」

そう言う男の子に、お姫様は恥ずかしそうに頬を染めながら、嬉しさににっこりと笑いました。すると、男の子が口をあんぐりとあけてお姫様をみつめます。どうしたのかときょとんとするお姫様に、男の子は大声で言いました。

「お、お姫様だ!」

その声に、まわりの大人たちもいっせいにお姫様を見ました。けれどみんな、ティアラもない、ぼろを着たはだしの女の子がお姫様だとは思えません。ほんものか?という大人たちの声に、男の子が大きな声で言いました。

「ほんものだよ!おいらに笑いかけてくれた、あの小さなお姫様だよ!ほら、この笑顔ならわかるだろ!」

笑ってみて、という男の子に、お姫様はにっこりと笑って見せました。とたんに大人たちも、あの手を振ってくれるお姫様だと、すぐにわかってくれました。

「でもお姫様、どうしてそんな格好で、こんなところにいるんだい?」

大人たちの言葉に、お姫様はここまでのことを話しました。大人たちは話を聞き終わると、かぶっていた帽子をとって、お姫様に頭を下げました。

 そうしてみんな、助けてくれてありがとう、こんなことになってごめんと、口々に言いました。

「いいの、私がしたくてしたことだから。ドレスも靴もティアラも、お城にはたくさんあるもの」

「でも、ティアラがないと、門番にお姫様とはみとめてもらえないだろ」

大人たちの言葉に、お姫様はなにも言えません。つぎはぎの汚れたぼろぼろの服に、泥だらけのはだしで、頭にティアラのないお姫様なんてどこにもいないと思いかけたとき、最初に声をかけてきた、そばかすの男の子が言いました。

「ティアラなんてなくたって、この子はお姫様だよ!だって、このお姫様にしかない、世界一すてきなティアラは、いつもの笑顔なんだから!」

そういうと、この街一番の大男が、お姫様を肩に乗せました。

「俺の息子の言うとおりだ。俺たちに笑いかけてくれるたった一人の、俺たち自慢のお姫様を、お城にお届けしよう!」

「ほら、お姫様!ティアラよりすてきなその笑顔を、いつもみたいにおいらたちに見せておくれよ!」

大男の肩の上で、お姫様はいつものとおり、にっこりと笑って手を振ります。するとわあっと歓声があがり、みんな大男のあとについて歩きだしました。

王様の行列よりもたくさんの人に囲まれて、お姫様はお城の門の前に来ます。あまりの人の多さに驚いて飛び出してきた門番と隊長に、お姫様はにっこりと笑ってただいま、と言いました。

「お姫様、これはなんの騒ぎですか?いえ、その前にその格好は⋯⋯」

あわてふためく隊長に、先ほどお姫様を追い出した門番は驚いて言いました。

「こんなぼろぼろが、お姫様なはずありません!」

「ばかもの!いつも行ってきます、とわれわれにも手を振ってくださる、あのお姫様がわからんのか!」

隊長はぽかりと門番をたたくと、大男に敬礼をして言いました。

「大切なお姫様をお連れくださって、本当にありがとうございます。しかし、あのお姿にはどんなわけがあったのか、お教えねがえませんでしょうか?」

お姫様やそばかすの男の子の話を聞いた隊長は、嬉しそうに笑って言いました。

「お姫様、それは大変りっぱなことをなさいました。王様もさぞ喜ばれるでしょう。さあ、お城へお入りください」

お姫様は、お城まで一緒に来てくれた人たちに手を振りながら、お城に帰っていきました。




それから、小さなお姫様は、王様の行列が大好きになりました。

街に行けば、あのそばかすの男の子や大男、元気になったお母さんと女の子や、まるまると太った赤ちゃん、それに泥棒にならずにすんだ兄弟たちが、嬉しそうに笑ってお姫様を迎えてくれるからです。

その小さなお姫様の頭に、もうティアラはありません。

街の人たちが大好きな、小さなお姫様だけの笑顔のティアラを誇らしげにかかげて、お姫様は一番後ろを歩くのでした。



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