第5章『乱れ桜』
戦いの場に立つ釘宮 大工を、刷毛 塗三郎は静かに見下ろしていた。
刷毛 塗三郎(心の声)
「……あれが次の相手? 外部から来たばかりの若造じゃねぇか。俺の相手は楽勝だな。」
その顔には、明らかに余裕と見下しが浮かんでいた。
一方――
釘宮 大工(心の声)
「勝つしかねぇ……! ここで俺が負けたら、区画を取られちまう……!
絶対に勝つ……! これが俺の、本当の意味での、職人としての初仕事だ……!」
胸の奥の鼓動が高鳴る。
父から、副棟梁から繋がれたバトンを、決して落とすわけにはいかない。
審判役「……第三戦、開始ッ!!」
刷毛 塗三郎「“ケレン−紙の技サンドペーパー”」
塗三郎がポーチから取り出したのは、何層にも折り重なった紙ヤスリの束。
それを振るうと、周囲の床が少しずつ削れ始める。
まるで無数の見えないサンドペーパーが、空気中にばら撒かれたかのように、微細な研磨が始まった。
釘宮 大工「くっ……足元が削れて……!」
足場がザリッと崩れる。
同時に、作業着の裾が、じわじわと擦り切れていく。
目に見えぬ紙の刃が、風に乗って全身を少しずつ削り取っていく。
釘宮 大工(やべぇ……ガテン力、まだ出ねぇのに……このままじゃ……!)
何とかステップを踏んで逃げる。が、逃げ切れる範囲は狭い。
紙の刃は、どこまでも追ってくる。微細であるがゆえに、避けることすら難しい。
刷毛 塗三郎「どうした、もう終わりか?」
釘宮 大工「……っ!」
――その時だった。
釘宮 元「逃げてるだけで勝てると思うな、大工!!」
棟上 鑿「バトンは、お前に渡したんだ! 息子だろうが弟子だろうが、今、現場で立ってるのは“お前”だ!!」
仲間の声が、胸を突き抜けた。
頭の中で何かが弾けたように、釘宮大工は拳を握りしめ、全身から熱が噴き上がる。
釘宮 大工「うぉおおおおおおおおおおおッ!!!」
――その叫びと共に、背中から光の衝撃波のような何かが放たれた。
地面が振動し、空気が軋む。
釘宮 大工「……どうやら、今、覚醒したっぽいぜぇ。
なんかすっげぇ熱い気持ちが込み上げてきた……!
これが、俺の“ガテン力”だッ!!」
釘宮 大工「“玄能百式げんのうひゃくしき”ッ……!」
その言葉と共に、右手に鋼の玄能げんのうが具現化される。
同時に、宙に100本の光り輝く釘がふわりと浮かび上がった。
釘宮 大工「――“乱れ桜みだれざくら”ッ!!!」
玄能が振り下ろされると、100発の釘が桜の花びらのように散り、回転しながら塗三郎へと飛んでいく。
刷毛 塗三郎「……やっと面白くなってきたじゃねぇか。最初からそれで向かってこいよ!」
塗三郎が両腕を広げる。
刷毛 塗三郎「“ケレン−鉄の技−(スクレーパー)”ッ!!」
宙に無数のスクレーパーが出現し、次々に飛んできた釘を跳ね返していく。
ガンッ! キィン! ピシュッ!
スクレーパーと釘の衝突音が、火花のように現場を彩る。
釘宮 大工「っ……これじゃ止めきれねぇか……!」
だが、その中に一つだけ軌道を変えた釘があった。
スクレーパーで弾いたはずの一本が、跳ね返って塗三郎の肩口へ――
刷毛 塗三郎「……ッ、ぐ……は……!」
鋭く刺さったその釘が、塗三郎の身体を吹き飛ばす。
そのまま地面を転がり、塗装バケツの山に倒れ込んだ。
審判役「……勝負あり!! 釘宮大工の勝利!!!」
爆発的な歓声が、ヤードに響いた。
釘宮 元「やったな、大工!!」
棟上 鑿「最高の一撃だったぜ!!」
釘宮工務店の仲間たちが、一斉に喜びの声を上げる。
釘宮 大工「……っしゃあああああああああッ!!」
一方その頃、塗装戦隊の残された職人たちは沈黙していた。
崩れた足場に腰を下ろし、誰もがうつむいている。
刷毛 塗藤「……終わったな。」
ペーンキ・ヌリール
「……ワタシタチ、コレカラ……ドウナルノ……?」
区画を失った職人たちは、ガテン国の“現場ルール”により、勝者の管理下に置かれる。
有効的な関係が築けるのか、奴隷的扱いを受けるのかは、勝者の匙加減次第だ。
現場は静まり返る。
そして――釘宮元が静かに塗装戦隊のほうを見る。
釘宮 元「……さて。次は、話をしようか。」
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