第4章『塗られて燃える』
――戦いの場に立つ直前、棟上むねあげ 鑿のみは静かに目を閉じた。
棟上 鑿(心の声)
「このバトンは、棟梁から受け取ったものだ。
現場の戦いは遊びじゃねぇ。逃げもごまかしも利かない。
俺の役目は、この一勝を次へつなげること――釘宮工務店の名に恥じない、命の施工だ。」
一方、正面に立つ男――塗装戦隊の専務、刷毛はけ 塗藤ぬりふじも、無言で拳を握りしめる。
刷毛 塗藤(心の声)
「……よくも兄貴をやってくれたな、釘宮工務店。
だが……! 塗装戦隊の“最強”は俺であることを、ここで証明してやる。」
静まり返った現場。
ヤードに設けられた即席の決闘スペースに、観戦する職人たちの視線が集まる。
――そして。
審判役「……第2戦、開始ッ!!」
戦闘開始と同時に、塗藤が吠えた。
刷毛 塗藤「“転がし塗装ローラーペイント”ッ!!」
その手に握られたローラーが、爆音を立てて巨大化する。
瞬く間に人間の背丈を超え、道路を覆うアスファルトのようにグニャリと唸った。
塗藤が走る――その手に持つ、巨大ローラーが地を抉りながら転がる。
凄まじい重量感、風圧、振動。まるで重機が突っ込んでくるかのような迫力だった。
棟上 鑿「なら、こっちも使わせてもらうぜ……!」
棟上 鑿「“羽衣の鉋ツリーベール”!!」
シュバッ――!
鑿が手にした鉋かんなで素早く木を削ると、木屑が風に乗って彼の全身を包む。
その削り屑が、まるで生きているかのように空中で旋回し、自動的に敵の攻撃を避けるように鑿の身体を引いていく。
――避ける。避ける。ひたすらに避ける。
塗藤の巨大ローラーが迫っては回避され、また押し返される。
完全に攻撃が届かない状態が数分続く。
釘宮 大工「……鑿さん、すげぇ……! あの動き……完全に読んでる……!」
だが、その均衡は突然崩れた。
棟上 鑿「……っ!? な、なんでだ……足が……!」
突如として鑿の足が止まる。踏み出そうとするたびに、何かに絡みつかれているかのように、進めない。
刷毛 塗藤「気づかなかったか。――“養生区画マスキングテープ”、仕上がってるぜ。」
ローラーで追いかけながら、塗藤は足元にマスキングテープを何層にも貼り巡らせていたのだ。
区画は完全に封じられていた。羽衣の鉋が自動で避けていたとはいえ、その動きの範囲は無意識のうちに限定されていたのだ。
刷毛 塗藤「動けねぇお前は、ただの人形だな。」
棟上 鑿「くっ……!」
刷毛 塗藤「“転がし塗装”・特殊塗料――可燃性、最大強度。」
ローラーにまとわりついた塗料が、光を帯びる。
そして――
刷毛 塗藤「“塗料爆破ペイントボム”ッ!!」
バチン――!
火花のような反応と同時に、鑿の身体が一瞬で火に包まれた。
爆炎、衝撃、塗料の炸裂音――
次の瞬間、鑿は地面に倒れ込んでいた。
釘宮 大工「……うそ……だろ……?」
ーー第2戦は、塗り藤の勝利で幕を閉じた。
釘宮 元「……見誤ったな。鑿、最初から“逃げる技”で様子見ようとしてたな。」
親父の声が低く響く。
釘宮 元「相手は兄貴をやられて、最初から本気だった。お前が“攻め”を選ばなかった時点で、勝敗は決まってた。」
棟上 鑿「……すみません、棟梁……俺は……“釘宮工務店の勝ち”を信じてたけど、自分が勝てるって信じきれてなかった……それが、敗因です。」
鑿はうつむきながらも、拳を握った。
釘宮 大工(心の声)
「……くそ……。これで、1勝1敗……次、俺が負けたら、区画を奪われる……!」
不安が、喉の奥に突き刺さるようだった。
この手が汗ばむ。心臓の音がうるさい。
釘宮 元「大工。」
親父が真っ直ぐこちらを見て言った。
釘宮 元「ここで“自分を信じろ”。お前は……俺の息子だろうが。」
棟上 鑿「それに、お前は現場で生きてきた。迷ってるヒマはねぇぞ。
――お前なら、“勝てる”。」
釘宮 大工「…………ッ!」
心臓の音が、別のものに変わった。
恐怖ではない。緊張でもない。火種。
肩が熱い。目の奥が光を感じる。
手のひらが、なぜか痺れるように疼く。
釘宮 大工(これは……まさか……これが……“ガテン力”……?)
胸の奥で、なにかが静かに目覚めようとしていた。
釘宮 大工「――俺が、勝つ。俺が、“現場”をつなぐ。」
そう呟いた声に、震えはなかった。
そして次の一言が、戦場を熱くする。
釘宮 大工「……次は、俺の番だ。」
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