episode2 取調室

 僕は今『警察署』にいる。なぜ警察署にいるのかというと、今日のお昼に大学校内の食堂にて死体が発見され、その死体の第一発見者が僕という事で連れて来られた。死体発見直後は気が動転して、どうすればいいか分からず混乱していたのだが、ここに連れて来られる間に落ち着きを取り戻して冷静になる事ができた。僕は人が亡くなる事は経験しているけど、身近な人が亡くなる感覚とは程遠い感覚と、【なぜ】という疑問が脳内を駆け巡る。なぜ彼は亡くなったのか。なぜカレーはマズイのか。なぜ彼は返却口の先を見つめていたのか。そんな事を考えていると一人の警察関係者さんが歩いてくる。部屋の中に入るや否やこう言う「取り調べを始めようか」


 「不思木正(ふしぎ せい)。18歳。今回事件が起こった大学に通う一年生です。職には就いていないです。一人暮らしです。身分証の確認はお財布に入ってあるマイナンバーカードと運転免許書で確認して下さい。」刑事さんの質問に答えていくと、必要な質問事項に答え終えたのか「いきなり何個も質問して悪いね。第一発見者という事もあって君の事はできるだけ把握しておきたくて。」結構軽い口調で話す刑事さんは本当に刑事かと思う口調で話進める。「ほんと偶然第一発見者になっただけなのにこんな事に巻き込まれて災難だったねぇ。これからまだ時間取らせてもらう事になってるから、急ぎの用事があるなら今のうちに連絡してね。」正直僕は一人暮らしで職に就いていない身だから急ぎの連絡は特にない。あるのは気になる事とだけ。なのだが、僕は急ぎの用事ではないが早急に帰りカレーを作りたい気持ちが体の中をウズウズと蠢いて苛立ちが沸々と湧いている事に気づき、深呼吸をしていると刑事さんから「確か不思木君はカレーを食べたんだよね?今日、あの食堂で。僕も好きなんだよねぇあそこのカレー。昔よく食べに行ってたんだよ〜今も食堂は一般開放されているよね?久々に食べにいきたいなぁ。」独り言なのか質問なのか曖昧な刑事さんの言葉に反応しようとしていた時、取り調べ室へ女性が足早に入ってくると「宮野。お前は雑談する為に刑事になったのか?今お前がする事は、目の前にいる第一発見者と対話して少しでも情報を得る事だろう。お前がカレーを懐かしむ話は重要なのか?そうでないなら一度私に変われ。」だいぶ気の強い女性が僕の前に座る。正直になると僕は宮野さんという刑事さんの話は右耳から左耳へ綺麗に流れていて、気になる事を考え込んでいた。その【気になる】事は、宮野さんよりもこの女性の方に問いかけたら良い。絶対にその方が話ができて、僕の気になるも少しは進展するかもれない。


 「刑事さん、この事件は『事件』ですか。それとも『事故』ですか。それとも『自然死』ですか?」


 この質問に対して女性刑事さんの目は一瞬にして変わる。今までは『第一発見者』へ向ける目だとすると、この質問を皮切りに僕は『容疑者』へ向ける目、の様に思えた。「なぜ自然死だと思う?」この質問の意図は僕に対して【自然死と思う根拠があるのか、ないのか?】ここを精査したいんだと思った。人が目の前で亡くなり怖い思いをした人間は事件か事故かなんて気にできない。だけど僕は気になったから聞いたのだ。「この警察署の落ち着きと食堂の状況を思い出してみると、サスペンスでよくみる様な殺人現場でもなければ集団食中毒の可能性もゼロではないけど、僕も彼と同じ『カレー』を食べていて、今もこうして対話できている様子だと食中毒の線は限りなくゼロです。他にも色々なケースを考えてみましたが『自然死』が一番可能性として頭に残りました。ただ事件性のある自然死です。」僕の考えを一度も遮る事なく話を聞いてくれる女性刑事さんは僕の回答に対して「ありがとう。君はもう帰っていいぞ。」回答に対して何か言う事もなく【帰っていい】という返答が帰ってくるとは思わなかったが、帰っていいのであれば僕は一分一秒でも早く帰りたい。「いいんですか?青峰さん!彼、ものすごい事言ってましたよ!」女性刑事さんは青峰さんというのか。「いいんだ、今日はもう時間が遅い。明日も来てもらってじっくりとこの事に関して話すから。」僕は今何を聞いた?また明日も来てもらう?冗談じゃない。ただでさえ遅い帰りで僕のカレーを作る予定が狂い、二日目のカレーが一番美味しくて、一日目のカレーのアレンジを考えるのがとても楽しいのに、その時間さえ奪われるなんて普段怒らない僕も言いたくなった。「明日は無理です。今日はただでさえカレーをじっくり作る予定が崩され、僕が一番楽しみな二日目のカレーを味わう一日も奪われるのは何が何でも嫌です。失礼いたしました。」この思いが刑事さん達に届いてない事だけは僕にも分かる。だとしても言いたかったんだ。この苛立ちを憤怒を抑える為に。「来るのが嫌なら構わないよ。明日君専用のパトカーで迎えに行くから。」僕はその返答を無視して取調室を後にした。

 


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