サラリーマンと月夜の蛍

Rotten flower

第1話

ギコギコとブランコが虚しく音を立てる。音はどこかへと静かに潜めていく。別に帰る場所がないわけではないのだ、ただ、一人、ゆったりとした時間を過ごしたいのだ。家に帰ったところで妻に言われながら、風呂へと入り寝床へつく。そんな日常からぽんと抜け出してみたくなっても少しはいいじゃないか。

月が雲の隙間から顔を出す。朝の番組か何かで見た明日か明後日が満月らしい。少し欠けた月を見ながらそれでも綺麗だと思うと、缶コーヒーを一度口に含んだ。

「やぁ、そこのお兄さん」と耳元から声が聞こえる。そっと、辺りを見回しても特に誰もいない。

「聞こえる?」と再度聞こえてくるので声の出どころを探ると光のない蛍が一匹、ちょこんと隣のブランコに座っていた。このあたりは蛍の名所としても知られているが、この時期はあまりだ。

「お兄さんは帰るところないの?」

「あるんだけど、今は少し帰りたくないんだ」

蛍は素朴な疑問を俺に投げかけて回答を聞くとどこか腑に落ちたようだ。

蛍も月を見上げる。

「綺麗だね」「少し、欠けているようだがな」

「欠けていても綺麗ならいいじゃない」蛍はそう言う。確かに少しかけたところで俺の目にも美しく見える。

「俺、仕事でいつもやらかしちゃってさ、もう辞めたほうがいいのかね」

俺は深いため息を付きながら言いどころのない愚痴をこぼした。

「……僕だって、蛍だ、蛍だ、言われるけどみんなのイメージらしく光ることはできない。でも、それでもいいんじゃないかな」

「……まぁ、確かにな」

蛍はどこかへ飛び立っていった。ブランコが音を立てる、一つ伸びをすると俺はそのまま公園を後にした。月は今も見ている。

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