第25話 試合直前

 8月31日。高等部の体育館。

 本日、急遽午後の授業が中止になった。

 原因は――


「すごいギャラリーだな」

「たかが練習試合だ。気にする必要はない」


 ベンチから体育館の中をぐるりと見渡して、見物客の多さに思わず驚いた。

 一方で俺と一緒にベンチ入りしている司は冷静そのもの。

 とても今日、急遽出場することになったスタメンとは思えない。


「それよりもお前が気にするべきは――」

「わかってるよ。敵からは絶対に目を離さない」


 隣のベンチに腰を下ろしてミーティングを行う、『最強』の二文字を背負った男たち。

 それが今日の練習試合の相手だ。そして中でも目を引くのは――


「あの金髪が小木冷。お前を1クオーターでヘトヘトにさせたやつか?」

「あの日の俺と今の俺はもう違うさ。今なら24時間マークしても動ける」

「たった数日で人は劇的に変わったりしないけどな」

「残念だったな。俺は年中成長期なんだよ」

「そういうことは身長が最低でも、150センチに届いてから言え」


 試合前なのにも拘わらず、相変わらず司の態度が冷たかった。

 でもこれはむしろ平常運転。本当になんて心臓をしているのやら。

 こんな緊急処置、普通なら誰だって緊張するはずなのに。


「それよりも司。高校生組のデータは頭に入ってるのか?」

「夏休み中のデータならな。残りは試合中に調整する」

「なら俺はあいつに。巨人はゴリラに集中していいわけだな」

「大樹さんを盾島先輩に譲るのか? 俺はてっきりこの前の雪辱戦を――」

「残念だけど、そんな余裕はねぇよ。冷、一人で手一杯だ」


 俺は静かに闘志を燃やしながら、永玲側のベンチを確認する。

 そこには冷を含めて、ユニフォームを着た大柄な選手が三人。

 他の二人も最低でも170センチはありそうだ。

 俺からすれば高身長のチームにしか見えない。

 でも俺の目はただ一人、冷だけを捉えていた。


「メンバー表を見るにマッチアップはお前だぞ。大丈夫か?」

「問題ない。そのためにあのシュートの精度を上げたんだ」


 正真正銘、俺はあの大型商業施設の屋上で全ての手の内を晒した。

 今の俺にはもう何も秘密兵器がない。だからこそ思考はとてもシンプルだ。

 俺の持つ全ての技で冷を捻じ伏せる。それが一番の勝ち筋だ。


「熱くなるのもいいけど。熱くなりすぎるのはアンタの弱点よ」


 突然、首筋にひんやりとした感触が触れた。

 その冷たさに思わず、体を弾ませる。

 気がつけば、そこには今日限定のマネージャが立っていた。

 よく冷えたスポーツドリンクの入った容器を片手に。


「何するんだよ‼ おかげで漏れそうになっただろうが‼」

「緊張を解してあげたんじゃない。アンタが熱くなり過ぎると、いつもロクなことがないもの」

「そんなこと――」

「現にこの前、また練習中に倒れたじゃない」

「倒れてない。ただ寝てただけだ」

「家まで運ぶ人間の身にもなりなさいよね」

「……俺に変なこととかしてないだろうな」

「私は何もしてないわ。ただロウがアンタを布団代わりにしてただけよ」


 あいつ、ご主人様を布団代わりにするとはいい度胸してるな。

 帰ったら強引にあいつの嫌いな風呂へ入れてやる。


「それよりもハル。アンタ、勝つ自信はちゃんとあるわけ?」

「勝ちたい気持ちはある。だけど勝つ自信は微妙だ。相手は冷以外も全員、曲者揃いだからな。たかが中三の全中MVPが挑んだところで、跳ね返されるのがオチかもしれない。でも最初から負ける気で挑むつもりはないし。親父が危惧した結果にはならねぇよ。だから安心して見ててくれ」


 整列の笛が鳴り、俺は軽く首を捻りながら立ち上がる。

 そしてフユの方を振りむくこともせず、ただ静かに告げた。


「お前に今の俺ができる最高の試合を見せてやる。うっかり惚れたりするなよ」

「……バカね。私が簡単に惚れるわけがないじゃない」


 さっきまでは緊張とは違うけど、少なからず心が浮ついていた気がする。

 それなのに今はとても静かだ。

 もしかしたら、フユと話したおかげかもしれない。


「ゴリラの相手はアンタに任せたぞ」


 コートに向かう最中、俺は225センチの巨人――盾島海斗と並んで歩く。

 巨人も何となく俺に歩幅を合わせて、小さな声で会話をする。


「俺はセンターじゃないんだが?」

「どちらにしろ。あのゴリラ野郎に勝てるのは、俺以外だとアンタだけだ」

「ならお前はあの中学生に勝てるのか?」

「正直な話、わからないが正解だな」


 フユと司にも話していない本音。

 さらに自分でも気づきたくない本音。

 それを素直に吐き出していた。


「あいつは確実に俺よりも上だ。ちゃんとしたルールの下、1on1をやれば99回俺が負ける。でも今回はあくまでもチーム戦だ。必要になったらチームメイトを頼るし、こっちで勝手に利用させてもらう。だからアンタも遠慮せずに俺を使ってくれ。アンタのことは嫌いだけど、これでも先輩としては素直に尊敬してるんだ。頼りにしてるぜ、キャプテン」


 俺は歩幅を広げて、飛び跳ねるようにコートヘ向かう。

 その時、不意に声が聞こえた気がした。

 どこか笑ったような声で。


「似合わないことを」


 なんていう声を俺は確かに聞いた。

 そして遂に待ちに待った練習試合が始まる。

 それも互いにインターハイ常連校。

 何度も何度も凌ぎを削るライバル校同士の練習試合が。

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