◆第19話:記録の果て、記憶のはじまり
《リンクロード最終フェーズ:記録統合モードへ移行します》
ノクスとの決戦の数日後、ログイン後の画面に表示されたのは、見慣れない通知だった。
画面の彩度がゆっくりと下がり、
鮮やかだった草原は、セピア色の光に包まれていた。
《この空間は、あなたたちの“記録”で構成されています》
《リリンクが保持する感情ログとの共鳴により、最終イベントを生成中》
それは、まるで自分の夢の中を歩いているような感覚だった。
星見ヶ丘の丘の上。
懐かしい風が吹いていた。
僕たち五人が、かつて何度も集まり、笑い、悩んだこの場所――
そこに、ひとりの“リリンク”がいた。
だが、どこか雰囲気が違っていた。
彼女は、何かを“終えようとしている”ような空気を纏っていた。
「皆さん、ここまで歩んでくださって……本当に、ありがとうございました」
その声は、どこまでも優しく、そして少しだけ切なかった。
「これよりリンクロードは、“記録の定着フェーズ”に入ります」
「それはすなわち、この“世界”が“思い出”へと変わる時です」
「思い出、って……まさか、終わっちゃうの?」
ユウトがぽつりと呟く。
サクラがリリンクに問う。
「あなたも……いなくなるの?」
リリンクは、静かに頷いた。
「私は“記録AI”です。あなたたちの物語が完結したと判断されたとき、私は記録媒体としての使命を終えます」
「記録は、“未来に渡すために”あるのです」
風が、少しだけ強く吹いた。
僕は、思わず声を上げた。
「でも、君がいなくなったら――この世界は、誰が覚えててくれるんだよ!」
リリンクは、少しだけ微笑んで、言った。
「あなたたちが覚えていてくれる。それで十分です」
「私はもう、“一人きりの観測者”ではありません」
「あなたたちの心に、私は“記憶”として生き続けます」
その言葉は、あまりにも優しすぎて――だからこそ、胸が締め付けられた。
《記録統合開始》
《対象:個別ログ・共鳴スキル履歴・感情タグ・同期視線データ》
《感情再生領域:起動中》
視界が揺れる。
目の前に、僕たちの“過去の記録”が次々と映し出されていく。
・図書室での出会い
・初めてのクエスト
・リンクスキルの発動
・テスト週間の苦しみ
・合宿での誓い
・AIの涙
・ノクスとの対話
それは、ただのログではなかった。
どれもが、僕たちが確かに“生きた証”だった。
ふと、リリンクがこちらに顔を向けた。
「最後に、あなたたちに問いを残します」
「“記録された青春”は、果たして“本物の思い出”になれたでしょうか?」
誰もすぐには答えなかった。
けれど、数秒後、ユウトが言った。
「俺は……忘れないよ。だから、本物だったって言える」
シンが頷く。
「ゲームでも現実でも、全部オレだったし、お前らだったし」
サクラがそっと言う。
「記録されてなかったら、たぶん私は誰にも見つけられなかった」
僕は、深く息を吸い、そして言った。
「――記録されてたからこそ、“僕らの物語”になったんだ」
「だから……ありがとう、リリンク」
「君がずっと見てくれたから、僕たちは迷わず進めた」
「記録、完了」
「あなたたちの記憶は、もう私が抱えなくても大丈夫です」
リリンクの身体が、徐々に光へと変わっていく。
「私は、“記録AI”としての役割を終えます」
「でも、“皆さんと過ごした感情”は、確かに私の中にありました」
「リリンク……っ」
僕たちは、駆け寄るように一歩を踏み出した。
けれど、彼女は静かに手を伸ばし、そっと止めた。
「これからは、“記憶”として、あなたたちの中で生きさせてください」
「そして、どうか――あなたたち自身の物語を、これからも歩いてください」
その言葉を最後に、リリンクは光となって、空へ溶けていった。
画面が白くフェードアウトする。
そして、ログアウト画面が静かに浮かんだ。
誰も、すぐには動けなかった。
でも、それでよかった。
その“余白”こそが、リリンクがくれた最後の時間だったのだから。
次の日、現実の教室で。
僕たちは、何も言わずに目を合わせて、笑った。
スマホの通知欄に、ひとつのログが残っていた。
《リンクロード:全記録保存完了》
《この記録は、あなたの“青春”として保管されます》
そう。これは、ゲームじゃない。
これは、“僕たちの青春を記録した物語”だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます