短編 拝啓、あいつへ。

凡皮丈知

拝啓、あいつへ。

今でも、ふと思い浮かべてしまう。わかっていても切望してしまう。あいつのことを。たらればの話をこれほど現実になれと思ったことはなかっただろう。留学のときの写真を見るたびに、その懐かしさよりもその気持ちが頭の中を支配する。


高校二年の冬のとき、後残り一年の高校生活に満足していたかと言われると、そうではなかった。先生は、

「もうそろ受験の時期も近づいてきたっけね、みんなも色々準備さするんだよ。」

とうるさかった。その時はまだ大学を受験するための勉強をする意気地すらなかった。もう大学受験に向けて受験勉強をせねばという中で、これといった成果も挙げておらず、典型的な青春コンプレックスだったのだ。高校も心から楽しんだことはなかった。けれど、不登校を決めるほどの意気地もなければ自分はもうそれをするにはもう分不相応な年齢だったのだ。


そう思っていた時に、昔家にホームステイで来ていた留学生のことを思い出した。そうだ、留学しよう。留学すれば、きっと高校で一つ大きなことを成し遂げられたということにもなるし、いざ受験になっても外国語を活かせるものにすれば良いだろう。今思えば甘い考えだったが、それでも母は留学に過去行っていたと言うこともあり、高校3年の留学にも関わらず、留学をすることにはかなり肯定的だった。今回の留学は、昔来ていた留学生を見ていていいなと思っていたので、ホームステイにした。そうしてそのまま勢いで留学の手続きを終わらせ、高校三年の三月、生まれ育った日本を出た。これから一年間異国での生活だ。


先ほども言ったように、かなりの甘々な考えで留学に行ったため、行き先が非英語圏にも関わらずほとんど現地語の勉強すらしていなかった。言えたのは軽い挨拶ぐらいであった。


地元の雪景色とは違って、東京は灰色の摩天楼が広がっていた。東京の空港で乗り換えて、行き先の国まで十六時間ほどのフライトだ。長いフライトの中、単語の勉強をしようとも思ったがやる気よりも疲れが勝った。好きな音楽をきいて、たまに窓の外から空を見た。くるりのハイウェイをききながら。


現地ではホストブラザーが暖かく迎えてくれた。空港から電車で街へ向かい、着いたのは夜遅くだったが、日本の時間帯では朝だったので意識はまだはっきりとしていた。電車に乗っている間、お互いの好きな音楽や、現地の流行の音楽を色々と教えてもらった。どうやら日本の文化に興味を持ってくれているみたいで、お互い自分の国について色々話をして盛り上がった。


そうしているうちに家に着いた。家にはお父さんとお母さん、そしてホストブラザーの妹がいて、その日は夜遅くなのでとりあえず日本から持ってきたお土産を渡した。翌日は歓迎会で現地語に不慣れなのもあって英語で色々家のルールや留学中に通う学校のことについて色々教えてくれた


学校が始まった。自分が留学していた地域は旧東側だったこともあり、そもそも外国人が少なくましてやアジア人もいなかったため、唯一の日本人として少し話題になっていたらしい。慣れない言語での授業は最初は苦痛だったが、同じクラスの友達がわからないところを英語で説明してくれたりしてくれたことで何とか雰囲気には着いていけていた。ただやはり、コミュニケーションは現地語で取らなければ難しいことを感じた。いくら英語はどの国でも学ばれているにしろ、それは本人たちの母国語ではないからだ。


学校が始まって数週間がたったくらいだっただろうか。ホストブラザーが毎週行っているゲームカフェに連れて行ってもらった。そこには留学生活の最後まで毎週お世話になるのだが、そこでこの留学生活を狂わせたと言っても過言ではない”あいつ”に出会った。あいつはホストブラザーの親友で、このゲームカフェで仲良くなったらしい。高い身長で、翡翠のような澄んだ瞳に、長いまつ毛、くしゃっと笑う顔が素敵な奴だった。

最初はどうと思うことはなかった。ただ少しカッコいいなとは思った。


最初にゲームカフェに連れて行ってもらってから、毎週の水曜日の放課後に自分はよくそこへ遊びに行くようになった。そこで出会ったあいつもほとんど毎週そこに来てたな。多分、あいつのことはじわじわと好きになっていたように感じる。決定的だったのはあの日の出来事かもしれない。


その頃には現地語も少しわかるようになった。現地語を頑張れたのはあいつとあいつの母国語で話したいと言う気持ちが強かったからだと思う。日本からのお菓子を持ってきて、そいつにあげたいと思った。そうしたら、あいつは

「じゃあこれみんなにも分けてあげてもいいかな?」

と笑顔で言った。自分はそいつのことしか見てなかったんだと痛感したと同時に、どんな時でも周りのことも気遣えるそいつがただただすごく羨ましいかった。それと同時にもっとそいつのことを知りたくなった。


そっからはとにかくそいつと喋りたかった。普段聞かなかったようなジャンルの音楽も聴いた。やらなかったタイプのゲームもした。イヤーカフもつけてみた。話せるだけで嬉しくて、現地語が上手くできずに学校ではうまく友達が出来なくても、それをも上回るものがあった。

毎週水曜日にゲームカフェで会って、帰りは夜の路面電車で駅まで雑談しながら帰ってお別れ。というのをよく繰り返していたけれど、ホストブラザーの親友なのもあってよく家に遊びにきたり、遊びに行ったりしていた。一緒に日本料理を作ってみたりもした。お寿司の握り方をそいつの手に触れながら教えれたのはとてもドキドキして楽しかった。お泊まり会をした日には一緒に寝ようと言われた時は気が気でなかった。色々恋バナとかもした。本当はそいつのことが好きだったけれど、流石に言えるわけないから女性に置き換えて話を合わせてた。そいつは最高に素敵な奴だったのに、今まで彼女がいたことがないらしかった。それが余計にそいつに対する気持ちを加速させてしまっていたのかもしれない。映画を一緒に観た時は、ホラー映画だと合法的に腕に抱きつけるので少し得をした気分だった。一生ホラー映画上映してくれ!とすら思った。


それからも、色々な所に一緒に行った。ボルダリングだったり、遠くの街へだったり。そうしているうちに時間はあっという間に過ぎて、あっという間に留学生活は終盤に差し掛かっていた。その頃にはもう英語よりも現地語の方が楽なくらい、語学に対しての情熱があった。あいつと喋りたい。なら、そいつの母国語を勉強するしかないからだ。


「最後のお別れ旅行だね。」そいつはそう言って留学の終わりかけに小旅行を企画してくれた。住んでいた街から遠くの港町まで。ゲームカフェで仲良くなった友人達も含め八人で車に乗り込み出発した。流石に大人数なので車は二台に分けたが、もちろんあいつと一緒の車に乗った。


着いた港町で、水族館に行ったり、ショッピングモールで服を見て回ったり美味しい食事をしたり、やりたいことは全てやった。この一年間の留学は、何色にも形容し難い複雑な色だったが、確かに綺麗な色だった。泊まったホテルで部屋割りを決める時に、そいつは僕と一緒がいいと言って周りもすでに何となく分かれていたため部屋割りはそのまま決定になった。正直、その日ほど心臓が鳴り止まなかったことはなかった。色々話をしながら、もうお別れでしばらく会えなくなるのが寂しいねと残り少ない一緒に居れる時間を一秒一秒大切にした。


そいつはしばらく話した後、ニコニコしながらサプライズがあると言ってきた。またなんかのくだらないボケでもかますのかとも思った。そう思いたかった。

「彼女が出来たんだ!」

そいつはなんともまあ幸せそうに、トーク画面をこちらに見せながら将来はこんなことを一緒にしたい、、だとか話してた。まぁわかってた。そりゃそうだよ。あいつがそっちなわけない。わかってても諦め切れなかったんだもの。惚れ込んでしまったんだもの。 


その日の夜、そいつが完全に寝た後、声と息を殺しながら泣いた。泣きじゃくった。わかってたのに少しどころか、過度に期待していたものが全て崩れ落ちたのを確かに感じた。自分勝手な、一方通行の恋は終幕を迎えたのだ。


出国前最後のゲームカフェの水曜日、あいつに誕生日プレゼントをあげた。その日があいつに会える最後の日だったから。わかっててもなお、気持ちは変わらなかった。けれど、その気持ちを表に出せるほどの意気地すらなかった。留学で変われたと思っていても、意気地のなさはずっと変わっていなかった。愛していたという文すら伝えれなかった。でも伝えたかった。だから、そいつの似顔絵のデッサンを全力で描いた。絵は習っていた時期があったから描くのは苦じゃなかった。けれど苦しかった。あいつの目、あいつの唇、あいつの髪、あいつの首筋まで、全てが愛おしいと、何で俺はだめだったんだと、自分が情けなくなって、あいつが恋しくなって、その気持ちを全部筆に乗せた。


その似顔絵のデッサンは額縁に入れた。飾って欲しかったから。少しでもそいつの記憶に残って欲しかったから。額縁の中にはその絵と、見えない裏面に手紙の紙を入れた。絶対見られないようなところに入れてもなお、気持ちを伝えるのが怖かった。拒絶されたらどうしようかなんて思って知った。


最初は出会った時から今までずっと好きだったこととか、色々たらたら思い出話を手紙に書いた。でも、咄嗟にわかっててもなお固執し続ける自分に吐き気がして、消しゴムでぐしゃぐしゃに消して、また会おうねみたいな、陳腐な言葉を書き連ねた。結局最後まで言う意気地なんてなかったんだ。でも今でもたまに思ってしまうんだ。もしあの時伝えれていたら、、って。たらればな話だから、余計に悲しくなるんだけどね。

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