とあるたこ焼き屋の世界支配は頓挫気味

走馬真人

とあるたこ焼き屋の世界支配は頓挫気味

 我輩は蓮田はすだである。

 少なくとも、この地ではそう名乗っている。

 ……否、名乗らざるを得なかった。

 オオサカと呼ばれるこの地でタコヤキ屋を始めて半年。

 カウンターと、テーブルが二つの狭小な店だ。

 この国の言葉では、「ウナギノネドコ」と言うらしい。

 周りに同業者は多いが、赤字を出さずにやれている……どうにか、ではあるが。

 それに関しては仕入れに秘密があるのだが、今は、まぁいい。

 文字通り茹だるような暑さの中、タコヤキを少しずつ回転させる。

 通りから聞こえてきた大きな歓声に視線を向けて、またか、と落ちる溜息は苦い。

 歓声は段々と大きくなり、次第に津波のような大きさになる。

 ……これは、あれか。サヨナラ、というやつか。

 そんなことを考えていたら、黄色ののれんをくぐって男がやってくる。

「兄ちゃん、たこ焼きひとつ、持ち帰りで!」

「はい」

「なんや兄ちゃんシケた声やなぁ。この暑い中パーカーまで被ってまぁ」

「あー……勝ったんですか?」

 何を、とは言わない。

 それでもこの、人間の中では年配の男には通じたらしい。

 黄ばんだ歯を見せて、指を二本立てて笑う。

「おう、サヨナラ満塁ホームランや」

「おー」

「おー、やないわ。兄ちゃん、テレビないんかこの店」

「まだそんな、余裕が無いですねぇ」

「ならラジオやラジオ、ラジオでハンシンの試合流すだけでも客入りちゃうで!」

 ……余計なお世話である。

 けれども我輩はこの半年で、客商売というものを学んだのだ。

 沈黙は金。

 ――この地で、我々を凌ぐ信仰を集める対象に関しては、殊更に。

 考えておきます、とだけ返せば、男は満足そうに頷いた。

「あとビールもあるとええな、冷えとると尚良しや」

「成程」

「この店出来たばっかとは言え、そういうところから差が生まれんのや」

「……参考になります。はい、一舟」

「おおきにな!」

 黄ばんだ歯を見せて、男はこの地独特の訛りで礼を言う。

 その背中と入れ違いに、入ってきたのは見知った顔。

 疲れの濃い表情を浮かべたそいつは、カウンターにべたりと頬をつけた。

「営業妨害をするなら帰れ」

「まだ何も言ってない……たこ焼きひとつ、あと飲み物」

「外に出て堀の水を飲めば良い」

「……いや、流石にあの堀の水は無理だろう」

「お前達でもか?」

「……あれで綺麗になった方らしい」

「マジか」

 ……おっと、思わず言葉が乱れた。

 あるまじき言葉遣いになっていたが、カウンターに突っ伏す青年はそれを指摘することはなかった。

 正確には、する余裕がないのだろう。

「顔が崩れているぞ、ダゴンの裔」

「おっと」

 体を起こした青年は、何度か息を吸う。

 それだけで魚か蛙に酷似した顔面を、通りを歩く人間のそれに誤魔化すことができるのだから、混血ではあるが力が強いのだろう。

 名を――深淵ふかぶち

 仕方がないので、ミネラルウォーターをコップに注いだものを出してやる。

 冷えてはいないが、深淵は「ありがとうございます」と頭を下げた。

 施しに対する礼は惜しまないところは好感が持てる。

 ……あやつの信者でなければ、取り立ててやってもいいのだが。

「もうやだ……なんだあの信仰基盤の強さ……」

「……『例のトラ』か」

「そう、『例のトラ』です」

 カウンターに頬杖をついて、深淵は名の通り深い溜息を吐く。

 ……我輩と深淵が抱いている共通の問題の発端は、二年前に遡る。

 その日、星辰は限りなくかつてのそれに近付いた。

 けれども、『それ』が浮上したのはかつての、太平洋到達不能点ポイント・ネモと呼ばれる場所ではなく――オオサカワン、と呼ばれる、極東の島国の湾の向こうであった。

 そうしてあやつとあやつの奉仕種族達にとってもっとも不幸であったのは――浮上した日が、悪すぎた。

 ハンシンガアレシタ。

 その呪文の意味を、我輩は正確には理解していない。

 我々の理解に及ぶ範囲では、この地に根差した信仰対象が、この島国を制したという。

 なんでもこの国は、地域ごとの精鋭を集めて毎年覇者を選ぶらしい。

 なんとも野蛮であると、当初は思ったものだ。

 けれども代理戦争としては、一定の利があるものだとこの二年で学びを得た。

 ……まぁ、それは本筋ではない。

 兎も角、あやつ等にとっての千載一遇の善き日は、この地で強い力を持つ信仰に捩じ伏せられてしまったのだ。

 そこで、タコヤキを少し焼きすぎてしまったことに気付く。

 僅かばかり変化を解いて、急いで鉄板の上にあるものを回転させる。

 幸いにも店内には我輩の正体を知っている深淵だけである。

 故に――黄色いパーカーの裾から、『この国』でいうところのタコの腕のような触手が覗いていても問題はない。

「……しかし、『黄衣の王』がたこ焼き屋ってどういうことですか」

「……煩い」

「まぁ、美味いからいいんですけど」

「褒めてもおまけは付けぬぞ」

 ……まぁ、カツオブシを少し多くしてやる位は、吝かではないが。

 焼き上がったタコヤキを紙で出来た容器に乗せ、ソースを乗せる。

 続いてマヨネーズとやらをかけ、ついでアオノリ。

 最後にカツオブシなるものをかければ、熱気でゆらゆらと揺れる。

 それに竹串を添えて出してやれば、深淵は僅かに表情を緩ませた。

 イタダキマス、とこの国の食事の前に唱える呪文を口にし、タコヤキに息を吹き掛ける。

 そうしてもまだ熱かったらしい。はふはふ、と息を吐く深淵は――そうしていれば普通の人間だ。

「それを言うならお前こそ――中身を知っていながら、毎度よく食うものだ」

「……そう言えば、これどういう理屈なんです? ――『旧支配者』の肉が、普通に食べられるの」

「……嗚呼、それか」

 疲れた声が出るのは堪えられなかった。

 ついでに、落ちた溜息は酷く苦い。

「……この地で、タコとして無害な食べ物に変換されるらしい」

 タコヤキは殊更に、とは飲み込んだ。

 ……嗚呼、全く。計算違いもここまで来ると笑えてしまう。

 あやつの信仰が敵わなかったこの地に、我輩の信仰を植え付ける。

 そうして安息地を得ようとしたのだが――『旧支配者』たる我輩の肉体が、よもや『安全な食べ物』に変換されるとは誰が予想できただろう。

「……マジですか?」

「お前は身を持って知っているだろうに。おそらく、あやつも食い物と認知するぞ……この国の人間は」

「……えぇ……」

 深淵の声は苦い。

 それもそうだろう。

 あやつの復活のため、日々信仰を広めようとしては『例のトラ』に惨敗している日々を送っているのだ。

「聞くところによると、フグの卵巣すら無毒化して食べる国だ。認知と信仰で我輩の肉体が『ただのタコ』になるなら、あやつの相貌なら殊更であろうに」

「……それでも、なんでお店畳まないんですか、蓮田さん」

「……この国で言うところの、『塵も積もれば山となる』というやつだ。信仰を広めるのに、草の根活動は必要だろう」

「まぁ、それはそうなのですが」

 それでもまだ深淵は首を傾げ、タコヤキをもうひとつ口に運ぶ。

 おいしい。

 溢れたその一言に、浮かんだ感情には気付かなかったことにしている。

 それでも、溜息が落ちるのは押さえられなかった。

 蓮田さん? と首を傾げる深淵に、半眼を向ける。

「……お前、港の埋め立て地は見たか?」

「港? なんか最近賑やかですよねぇ」

「何を呑気なことを……彼の地に、また新しい信仰対象が生まれたという」

「……もしかして、あの、赤と青の?」

「ああ。ここ一年で爆発的に増えただろう?」

 街に貼られたポスターや、自動販売機の外装。

 至るところに増えた『奴』のその速度は、脅威といって差し支えないだろう。

 ……本当に、なんなのだ。この国は。

「……あの異形が許されるなら、我々の『あの御方』だって受け入れる下地があるでしょうにぃ……」

 口惜しそうに呻いて、深淵はカウンターに再び突っ伏した。

 そうは言うが、事前にきっちりタコヤキを退けて落とさないようにしている辺り――こやつもなかなかに、『この国』に毒されていると思う。

 それでもこの半年、信仰を広めようとしては行き詰まっている姿も見てしまっている為――浮かぶのは、僅かな憐憫。

 ……本当に僅か、僅かだが。

「……まぁ、なんだ。次は、麦酒を冷やしておこう」

「えっ……発泡酒じゃないやつですか?」

「待て、なんだその区分は」

「色々あるらしいですよ。ダイサンノビールとか」

「……度し難い……」

 こと食べ物に関しては、『この国』は独自の信仰と分類を持ちすぎではないのか。

 思わず溢れたそれに、深淵は深く頷く。

「全くです」

 その声があまりにも疲れて、いっそ気の毒になってしまうほど。

 ……故に冷えた麦酒をメニューに加えることを、検討しても良いかな、と思ってしまったのは――お互い、苦労しているからだ。

 信仰とは、時にかくも無慈悲である。

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