第2話

婚約の儀が終わった翌日、私は王宮の一角にある専用の部屋に案内された。


「本日からこちらでお過ごしください。王太子殿下のお部屋はお隣ですわ」


「……えっ、隣?」


メイドのエミリアがさらりと言ったその一言に、思わず声が上ずる。え、いきなり距離近くない? まだ名前しか知らないんですけど、この人のこと。


「婚約者として、王宮の生活に慣れていただく必要があるのです。自然なことですわ」


“自然”の定義が違いすぎる。私は思わずベッドに倒れこみ、大きくため息をついた。


ここは異世界。私はエレノア・フォン・アーデルハイト。公爵令嬢で、王太子の婚約者。


……でも、心の中はまだただの女子高生。いきなりこんな状況、対応できるわけがない。


その夜、部屋の扉が静かにノックされた。


「……エレノア、入るぞ」


低く落ち着いた声。反射的に跳ね起きる。


「は、はいっ!」


ドアが開くと、レオンハルトが現れた。昼間と同じ、冷たい金の瞳。でもその視線は、どこか私を観察するようでもあった。


「今日からお前の教育を、俺が見る」


「えっ、殿下が、ですか?」


「当然だ。俺の婚約者だからな。誰かに任せるわけにはいかない」


さらっと言われたその言葉に、胸がドキンと高鳴った。冷たく見えるけど、もしかして……真面目で優しい人なのかも?


「その……ありがとうございます」


「礼はいい。ただ、わからないことがあれば必ず俺に聞け。無理に覚えようとするな」


意外だった。てっきりもっと厳しくされると思っていたのに。思わず顔を見上げると、目が合った。


「……何だ?」


「いえ、殿下が優しくて……ちょっと驚いただけです」


一瞬、彼の眉がわずかに動いた。


「俺は優しくなどない。ただ……お前が困るのは、見たくない」


――ドキン。


また心臓が跳ねた。落ち着け、これは気のせい。そう自分に言い聞かせたけど、もう顔は熱くなっていた。


その日、王太子は部屋を出るとき、ふと振り返ってこう言った。


「……夜、眠れなかったら、呼べ。すぐ来る」


冷たいはずの彼の声が、今はとてもあたたかく聞こえた。

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