【第一部完結】異世界転生したら奴隷契約がチートだったので、ホワイト人材派遣会社はじめます!
龍月みぃ
第一部
第1話 終わりと始まり、そして新たな力
男の名は高橋健一、三十五歳。業界最大手と謳われる人材派遣会社「グローバル・スタッフ・ソリューションズ」で、彼はトップクラスの成績を誇る敏腕マネージャーだった。その手腕は、クライアント企業の無理難題を解決し、同時に登録スタッフのキャリアパスまで考慮に入れるという、まさに神業の域に達していた。しかし、その実態は、数字と効率を追求するあまり、時に人間を駒のように扱う非情な決断も厭わない、冷徹なビジネスマンとしての側面も色濃く持っていた。
「高橋さん、例のA社ですが、やはり追加で五十名、明日からでも欲しいと…」
部下の切羽詰まった声に、健一は眉一つ動かさずに答える。
「五十か。…分かった。Bプランで進めろ。既存スタッフのシフト調整と、短期アルバイトの緊急募集、あとは…Cランクのスタッフにも声をかけろ。多少のミスマッチは、現場で吸収させるしかない」
「し、しかしCランクではクレームが…」
「クレームが出たら私が出る。それよりも、クライアントの信頼を失う方が問題だ。いいから、やれ」
その言葉に、部下は顔を青くして頷くしかなかった。
健一自身、この仕事に誇りを持っていた。多くの人々に働く機会を提供し、企業の成長を助ける。社会の歯車を円滑に回す、重要な役割だ。だが、心の奥底では、常に何かが軋むような感覚があった。それは、派遣切りや、不本意な部署への配置転換を告げる際の、スタッフたちの曇った表情を見るたびに強くなる、罪悪感にも似た感情だった。
(俺は、本当に人のためになっているのか…? それとも、ただの搾取のシステムを効率化しているだけなのか…?)
そんな葛藤を抱えながらも、健一は止まることを知らなかった。深夜までの残業、休日出勤は当たり前。食事はデスクで摂る五分の栄養補給。彼の時間は、全て仕事に捧げられていた。
その日も、健一は深夜のオフィスで一人、分厚い契約書とにらめっこをしていた。大型案件の最終確認。これが終われば、少しは休めるかもしれない。そんな淡い期待を抱いた瞬間、彼の視界がぐにゃりと歪んだ。
(あれ…? なんだ、これ…めまいか…?)
激しい頭痛と吐き気。キーボードを打っていた指が震え、書類の上に力がなく垂れる。意識が急速に遠のいていく。
(まずい…過労か…? でも、この案件だけは…)
それが、高橋健一の最後の記憶だった。
次に健一が意識を取り戻した時、彼は見慣れない森の中に横たわっていた。柔らかな苔の感触と、むせ返るような濃い緑の匂い。小鳥のさえずりがやけにクリアに聞こえる。
「……どこだ、ここは…?」
体を起こすと、ズキリと頭が痛んだが、命に別状はなさそうだ。しかし、周囲の光景は、彼が知る日本のどの森とも異なっていた。見たこともない形状の植物、巨大な昆虫、そして、遠くに見える二つの月。
(二つの月…? まさか…)
混乱する頭で状況を整理しようと試みる。誘拐? それにしては手が込んでいる。夢? だとしたら、あまりにもリアルすぎる。数時間、あるいは半日ほど森を彷徨い、小さな小川で水を飲んだ。その時、水面に映った自分の姿を見て、健一は言葉を失った。
若返っている。それも、十歳以上は確実に。三十代半ばだったはずの自分が、まるで大学生のような、二十歳そこそこの青年の姿になっている。服装も、着ていたはずのスーツではなく、簡素な麻の服のようなものに変わっていた。
(何がどうなっているんだ…? 俺は死んで…そして、転生したとでもいうのか…?)
まるで安っぽいファンタジー小説のような展開。だが、目の前の現実がそれを肯定している。途方に暮れながらも、生きるためには行動するしかない。健一は、元来の適応能力の高さを発揮し始めた。
数日が経過した。森を抜け、小さな村に辿り着いた健一は、そこで衝撃的な光景を目の当たりにする。獣人のような耳と尻尾を持つ人々、粗末な小屋、そして何よりも彼を驚かせたのは、広場で行われていた「奴隷市場」だった。鎖に繋がれ、家畜のように売買される人々。その中には、明らかに人間と思われる者もいた。
(奴隷…だと? この世界には、そんなものがまだ…)
前世の倫理観が警鐘を鳴らす。だが、それと同時に、彼の頭の中に、奇妙な知識が流れ込んできた。それは、まるで最初から知っていたかのような、確信に満ちた情報だった。
【術式:奴隷契約】
対象の合意に基づき、術者(マスター)を介して「奴隷」と「雇用主」の間に絶対的な契約を成立させる。
契約期間中、奴隷および雇用主は、契約内容に違反する行為を一切行えない。
契約の解除は、定められた期間の満了、あるいは術者の任意によるもの以外では不可能。
「なんだ…これは…?」
健一は自分の右手を凝視した。特別な紋様が浮かび上がっているわけでも、魔力が溢れ出しているわけでもない。しかし、彼は確かに理解していた。自分には、この「奴隷契約」という、特異な能力が備わっていることを。
奴隷という言葉の響きに、健一は強い嫌悪感を覚えた。しかし、その能力の詳細を知るにつれ、彼のビジネスマンとしての血が騒ぎ始めるのを抑えられなかった。
(絶対的な契約…違反不可能…期間満了か俺の意思で解除…? これは…使い方によっては、とんでもないことになるぞ…)
前世で彼が扱っていたのは、あくまで法と信頼に基づいた雇用契約だった。それでも、契約違反や裏切りは日常茶飯事だった。だが、この力は違う。魔法によって、契約の履行が絶対的に保証される。
(奴隷市場のあの光景は許容できない。だが、この力を使えば…あるいは…)
健一の脳裏に、一つのアイデアが閃いた。それは、この異世界における、全く新しい人材ビジネスの可能性だった。
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