第2話 ミカワの先鋒、迫る鉄槌
イマガワ・ヨシモトによるオワリ侵攻宣言から数日後、キヨス・ベースの司令室は息詰まるような緊張感に包まれていた。
オダ・ノブナガは、巨大なメインスクリーンに映し出されるオワリ星系外縁部の戦況図を、腕を組んだまま静かに見つめている。
赤い光点が、ゆっくりと、しかし確実にオワリの領域へと侵入してくる。
スルガ・コンステレーションの先鋒……ミカワ星系のマツダイラ・モトヤス率いる艦隊だった。
「…モトヤスか」
ノブナガは小さく呟いた。 彼の脳裏には、かつてオワリで人質として過ごした線の細い少年の面影が浮かぶ。
あの頃のモトヤスは、感情をあまり表に出さず、書物を読みふけることを好む物静かな少年だった。
だが、その瞳の奥には、時折、歳に似合わぬ怜悧な光が宿っていたことをノブナガは記憶している。
ヒデヨシが傍らで報告を続ける。
「はっ。 マツダイラ・モトヤス、旗艦オカザキを先頭に、約3千の艦隊でオワリ星系第7警戒宙域に侵入。 現在、我が方の前哨基地オオダカ・ポートに向けて進軍中です」
「オオダカの守備兵力は?」
「5百…いえ、増援を考慮しても、実働可能なのは3百隻程度かと。艦艇の性能も、ミカワの新鋭艦には遠く及びませぬ」
ヒデヨシの声は重い。
それは、圧倒的な戦力差という冷厳な現実を改めて突きつけていた。
ノブナガの視線は、スクリーン上、オオダカ・ポートを示す青い光点に注がれていた。
そこを守るのは、譜代の家臣、サクマ・ノブモリに相当する老将が率いるわずかな手勢だ。
彼らがどれほど奮戦しようとも、結果は見えている。だが、それでも戦わねばならぬ時がある。
「モトヤスの用兵はどうか?」
「……極めて堅実かつ迅速。無駄な動きは一切なく、最短距離でオオダカ・ポートの戦略的価値を無力化しようとしています。
我が方の散発的な抵抗やトラップにも惑わされることなく、冷静沈着に各個撃破している模様です」
ヒデヨシの報告を聞きながら、ノブナガはモトヤスの成長ぶりに内心で舌を巻いていた。
かつての物静かな少年は、今や有能な艦隊指揮官として、イマガワの先鋒という重責を的確に果たそうとしている。
やがて、オオダカ・ポート周辺宙域で、激しいエネルギー反応が観測され始めた。赤い光点……ミカワ艦隊が、青い光点……オオダカ守備隊に牙を剥いたのだ。
スクリーンには、断続的にオオダカ・ポートからの悲鳴に近い通信や、爆発によって途切れる映像が映し出される。
「くそっ、シールドがもたん!」
「第二防衛ライン、突破されました!」
「司令!司令!応答願います!……ザーッ……」
司令室の空気はさらに重く張り詰める。 家臣たちの顔には焦燥と絶望の色が濃くなっていた。
だが、ノブナガは表情を変えず、ただ静かに戦況の推移を見守っている。
ノブナガの指先が、わずかにコンソールの縁を叩いている。それは、彼が深く思考している時の癖だった。
(モトヤス…お前の戦いには、迷いがないな。 イマガワへの忠誠か、それともミカワを守るための最善の道を選んでいるのか…)
ノブナガは、モトヤスの正確無比な艦隊運用の中に、かつての人質時代に培われたであろう忍耐強さと、状況を冷徹に分析する能力の片鱗を見ていた。
だが、それだけではない。あまりにも完璧すぎるその動きは、まるで何かを振り払うかのように、あるいは何かに急き立てられるかのように、彼には感じられた。
戦闘開始からわずか数時間。オオダカ・ポートからの通信は完全に途絶した。
スクリーン上の青い光点は明滅を繰り返し、やがて無情にもその輝きを失った。
オオダカ・ポート陥落。 それは、オワリ星系の防衛ラインが、いとも容易く破られたことを意味していた。
「…オオダカが…落ちたか……」
誰かが力なく呟いた。 司令室は、死のような沈黙に支配される。
ミカワ艦隊は、その勢いを緩めることなく、さらにオワリ星系深部へと進撃を開始した。
キヨス・ベースが、まるで巨大な
その時、通信オペレーターが悲鳴に近い声を上げた。
「殿 ! 星系外縁部からの定期連絡が複数途絶 !
おそらく、ミカワ艦隊の別動隊による通信網への攻撃かと !」
キヨス・ベースが、宇宙の孤島になろうとしていた。 外部からの情報は遮断され、救援の望みも断たれる。
圧倒的な敵を前に、ただ孤立無援で耐え忍ぶしかないのか。
家臣たちの顔に浮かぶ絶望は、もはや隠しようもなかった。
ノブナガは、ゆっくりと組んでいた腕を解き、背後の家臣たちに向き直った。
その表情は、依然として冷静さを失ってはいなかったが、その瞳の奥には、これまで以上の強い光が宿っていた。
「……敵の進撃は速い。だが、それだけだ」
ノブナガの声は、静かだっだが、不思議な力強さがあった。
「モトヤスは有能だ。だが、有能な者ほど、時に見えなくなるものがある。 ヒデヨシ」
「はっ」
「引き続き、ヨシモト本隊の動向を注視しろ。
そして、モトヤス艦隊の補給状況、燃料消費、兵士たちの疲労度…どんな些細な情報でもいい、集め続けろ。 勝機は、まだ潰えてはいない」
家臣たちは、ノブナガの言葉に一瞬顔を見合わせた。
この絶望的な状況で、まだ勝機があると彼は言うのか。
だが、その揺るぎない態度に、わずかながらも希望の火種が灯った者もいた。
ノブナガは再びスクリーンへと向き直った。
赤い光点が、容赦なくキヨス・ベースへと迫ってくる。だが、ノブナガの心は、その赤い脅威のさらに奥、イマガワ・ヨシモトという巨大な存在を見据えていた。
鉄槌が振り下ろされる前に、打つべき手は必ずあるはずだ。 彼は、そう確信していた。
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