ギャラクティック・オケハザマ ── 新星ノブナガの黎明 ──

月影 流詩亜

第1話 スルガの進軍、オワリの戦慄


 オダ・ノブナガは、彼の執務室の窓から広がる虚空の黒を見つめていた。


 いや、正確には窓の外に投影されたキヨス・ベース周辺宙域のリアルタイム航行図だ。

 無数の光点が明滅し、アステロイドの残骸がゆっくりと流れていく。

 彼の統べるオワリ星系は、銀河の辺境に位置し、資源にも乏しい。中央の豊かな星々から見れば、取るに足りない未開の地と映るだろう。


 だが、彼にとっては守るべき全てだった。

 静寂を破ったのは、執務室の扉を叩く控えめな音と、それに続く側近、ハシバ・ヒデヨシの声だった。


「殿、よろしいでしょうか。緊急の通信が入っております」


 ノブナガは視線を航行図から動かさぬまま、「入れ」と短く応じた。

 表情はほとんど変わらない。

 ヒデヨシが足早に近づき、彼の傍らに立つと、手にした情報端末を操作して立体映像を空間に投影した。


 そこに映し出されたのは、銀河中央部、スルガ・コンステレーションの首都星で開かれたという壮麗な式典の記録映像だった。

 中央には、金糸銀糸で彩られた豪奢な軍服をまとい、尊大に胸を反らす男……イマガワ・ヨシモトの姿があった。


「……辺境の小勢力が、銀河の秩序を乱すなど片腹痛いわ。 我がスルガの威光を銀河の隅々まで知らしめる時ぞ !」


 ヨシモトの声は、映像記録であることを差し引いても、不快なほどに自信に満ち溢れていた。

 背景には、出撃準備を整える無数の艦影が映り込んでいる。


 その数、報告によれば2万5千隻を超えるという。旗艦と目される超弩級戦略母艦オケハザマ・フォートレスの威容は、それだけで辺境の一勢力を蹂躙するには十分すぎるほどの圧力を放っていた。

 ヒデヨシが息を呑む音が隣で聞こえた。


「…大艦隊ですな。我がオワリの全兵力を合わせても、その十分の一にも満たない…」


 ノブナガは黙って映像を見続けていた。ヨシモトの演説が終わると、彼は静かにヒデヨシに問うた。


「家臣たちの様子は?」


「…はっ。第一報が伝わって以来、評定の間は騒然としております。 降伏を唱える者、籠城を主張する者……シバタ様は徹底抗戦を叫んでおられますが、具体的な策までは……」


 ヒデヨシの言葉には、隠しきれない憂慮の色が滲んでいた。 それも無理はない。

 クラン・ノブナガの総兵力は、わずか2千隻。

 まともにぶつかれば、一瞬で星屑と化すだろう。


 ノブナガはゆっくりと椅子から立ち上がり、執務室の中央に設置された大型の戦況モニターへと歩を進めた。

 そこには、オワリ星系の詳細な星図と、予測されるスルガ艦隊の侵攻ルートが幾重にも赤い線で示されている。


「ヒデヨシ」


「はっ」


「スルガ艦隊の編成、進軍速度、補給線。

 そして何より、イマガワ・ヨシモト個人の詳細な情報を集めろ。

 過去の戦歴、趣味、性格、日常の行動パターンに至るまで、些細なことでも構わん。

 奴が何を考え、どう動くのか、徹底的に分析しろ」


「…殿、それは…」


 ヒデヨシは一瞬言葉を詰まらせた。

 圧倒的な戦力差を前にして、敵将の個人的な情報収集を優先する主君の意図が掴みかねたのだろう。

 だが、ノブナガの真剣な眼差しに、彼はすぐに表情を引き締めた。


「承知いたしました。手持ちの全ての諜報網を駆使し、早急に報告いたします」


 ヒデヨシが退出すると、執務室には再び静寂が戻った。

 ノブナガはモニターに映る赤い侵攻ルートを睨みつける。

 ノブナガの脳裏では、無数の情報が高速で処理され、可能性の糸が手繰り寄せられていた。 降伏も籠城も、彼の選択肢にはない。

 それは緩やかな死を待つに等しい。

 しばらくして、ノブナガは評定の間へと向かった。扉が開くと、家臣たちの喧々囂々の声が一気に彼に集中する。

 絶望、怒り、恐怖などなど様々な感情が渦巻く中、歴戦の勇将シバタ・カツイエが血相を変えて進み出た。


「殿 ! 降伏などありえませぬぞ ! オワリの武士の意地を見せてくれましょうぞ!たとえ玉砕しようとも…… !」


 カツイエの言葉に同調する声もあれば、さらに顔を青ざめさせる者もいる。

 ノブナガは彼らの顔を一人一人見渡し、やがてゆっくりと口を開いた。その声は、不思議なほど落ち着いていた。


「……兵力差2千対2万5千。 まともに戦えば、我らに一刻の猶予すら与えられまい」


 ノブナガの言葉に、評定の間は水を打ったように静まり返った。誰もが固唾を飲んで、若き総帥の次の一言を待っている。


「だが」とノブナガは続けた。

「戦とは、数だけで決まるものか?」


 ノブナガはわずかに口角を上げた。その瞳の奥には、冷徹なまでの合理性と、常人には理解しがたい何かが宿っているように見えた。


「イマガワ・ヨシモト…あの男の過去の戦歴、趣味、そしてあの傲慢なまでの性格。

 そこにこそ、我らが喰らいつくべき一点の『油断』が生まれるやもしれぬ。

 徹底的に調べ上げよ。 情報は力だ。

 そして、その力こそが、この絶望的な戦況を覆す唯一の鍵となる」


 ノブナガの言葉は、家臣たちの心に様々な波紋を投げかけた。

 ある者は、その常識にとらわれない発想にかすかな希望の光を見出し、またある者は、あまりにも現実離れした戦略に更なる不安を覚えた。


 だが、ノブナガの揺るぎない自信に満ちた態度は、少なくともその場の絶望的な空気をわずかに変える力を持っていた。


 オダ・ノブナガは、再び眼前の家臣たちを見据えた。彼の戦いは、既に始まっている。


 銀河の辺境で、今まさに、新たな時代の黎明を告げる星が、その輝きを増そうとしていた。


 たとえそれが、どれほど微かで、どれほど危うい光であったとしても。


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