第23話 ブーメラン

 それから一週間ほどの間、私はカイルとクエストに出たり、研究所に顔を出したり、すっかり打ち解けた「刀痕の乙女」のメンバーたちと食事をしたり。


 そんな感じで、それなりに平和な日々を過ごしていた。


 ちょっと前までなら、こんなのをまったく「のんびりしすぎ」とか、「やる気どこ行ったの」って自分でツッコミ入れてたと思うけど――


 たぶん、私はすこしだけ成長しているらしい。


 そんな日々の、ある朝。

 三日ぶりにギルドに顔を出した私は、思いがけない場面に出くわした。


 カイルが、見知らぬ女の子と一緒に掲示板前で話していた。

 装備は軽装、雰囲気もまだ初々しい。あれは──駆け出しの子?


 ちょっと胸がざわついたその瞬間、カイルがこちらに気づいて、軽く手を上げた。


「よぉ。ちょうどいいとこに来たな。レイも来るか?」


「……え、なにそれ」


 思わず聞き返すと、カイルはさらりと説明してきた。


「新人付き添い任務。ギルドの制度でな。シルバー以上が申請されたクエストに同行して、補助や助言をするやつ」


 たしかに、そんな制度があった。新人付き添い任務には報酬は出ないし、過去に問題を起こしたことのない冒険者しか受注できない決まりになっている。一回のクエストで付き添いに入れる冒険者は最大で二人まで。補助や助言を通じて、パーティーや仲間を見つけるきっかけとしても推奨されていて、制度自体はあるものの、あまり利用者は多くない。


「……ああ、カイル、シルバーに上がったんだったっけ」


「ああ。一応な」


 なんでもなさそうな顔で答えるけど、あの調子なら試験も楽勝だったんだろう。本人はあまり多くを語らないけど、ちゃんとやることはやってるタイプだし。


 それにしても、女の子……ね。


(なんで、ちょっと気になるんだろ。べつに、どうってことないのに)


 

「よろしくお願いしますっ、私、ミーナっていいますっ!」


 明るく人懐っこい声とともに、駆け出しの冒険者──つまり、今回の新人付き添い任務で、私とカイルが担当する相手──ミーナがぺこりと頭を下げてきた。

 髪は肩までの赤茶色、目がくりっとしていて、まるで小動物みたいな雰囲気だ。


「カイルさんとは、さっき会ったばかりなんですけど、すごく頼りになって! もう、いろいろ教えてもらっちゃって!」


 その口調からして、完全に“仲良くなろうとしてます”オーラが全開である。

 距離感もやたら近いし、笑顔もやたら多い。


 カイルは特に気にする様子もなく「そうか」とだけ返していたけれど──


 正直、もやっとする。


 そのままクエストは始まった。

 内容は近場の薬草採取依頼。難易度は低いけれど、広範囲の捜索と種類の見極めが必要な、案外気を抜けない内容だ。


「これですか? これも薬草ですか?」


 ミーナはカイルの横にぴったり張りついて、何か見つけてはすぐ彼に聞いている。


「違う、それはただの雑草だ」


「え~っ、でも似てません!? やだー、ぜんっぜんわかんない~っ」


 はしゃぎながらも、あくまで“素直な後輩”ポジションをキープ。

 カイルも、必要最低限だがちゃんと応えてやっている。


(……いや、わたし、ここにいるんですけど)


 軽く咳払いしても、ミーナは気づかず、あるいは気づかないふりをしてるのか、とにかく話しかけるのは常にカイルだけ。


「カイルさんって、なんでそんなに魔物に詳しいんですか? やっぱり昔から冒険者やってたんですか? すごいなあ……あ、レイさんも落ち着いてて頼れそうですよね! なんか“お姉さんっぽい”っていうか!」


「そうだな。十代の頃から」


「すごいっ……じゃあ、いろんな依頼こなしてきたんですねっ。尊敬します~!」


 もういい、ってくらいの褒め倒し。


(……は? お姉さん? いやまあ年齢だけならそうかもだけど、今のこの見た目じゃほぼ同い年でしょ!私も後輩ポジなんですけど!?)


 声に出さなかっただけ偉い、と思うことにした。


 それでも、私の顔はちょっと引きつっていたと思う。

 最初は笑って受け流していたけれど、次第に無性にイライラしてくる。


  そして、帰り道。


 いつの間にか夕方に差しかかっていた。

 陽の落ちかけた林道を歩きながら、私は黙って前を向いていた。


「それでね、カイルさん。次にもしこういう任務があったら、また一緒に行きたいなって思ってて……その、今度はもっと上手に動けるようにがんばります!」


 ミーナの声はずっと軽やかで、楽しげだった。

 でも、その明るさがずっとカイルにだけ向いているように見えて──なんだか胸の奥が、ちくりとした。


「……ねえ、カイル」


 呼びかけた声が、自分でも少しだけ間延びして聞こえた。


「今日さ……あの子と、なんか楽しそうだったね」


 あくまで軽い調子で、他意はないふうを装って言ったつもりだった。


「ああ? 別に、普通に教えただけだが」


 それだけの返事。何の悪気もない。だからこそ、胸のあたりがきゅうっとした。


「……ううん、なんでもない。おつかれさま」


 そう言って、一歩だけ前に出る。


(べつに、カイルのことが気になってるわけじゃない。はず。たぶん。ただ、今日のは……なんか、ちょっとムカついただけ)



 ギルドに戻って、簡単な報告を済ませたあと。


 ミーナは少しもじもじしながら、隣を歩くカイルに言った。


「えっと……カイルさんって、その、彼女とか……いるんですか?」


 不意打ちの質問に、私は思わず足を止めそうになった。


 カイルは、一瞬だけ黙って、それから「……いない」と答えた。


 ミーナが「そっかあ……」と照れくさそうに笑う。


 それを横目に見ながら、私はゆっくりと目を伏せる。


(……ぐあああ、それ完全に私だーー!!)


(冒険者始めたばっかの頃、カイルに同じようなこと聞いてた記憶……うわ、やめて……ぶっ刺さる……なにこの気まずいセルフ再現劇場……)


 脳天に軽くブーメランが刺さったような気がした。

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