第22話 シルバーランク
数日ぶりにギルドの玄関をくぐったレイは、気分転換もできたことで、どこか前向きな表情を浮かべていた。
(……そろそろ、次の出会いを探さなきゃ)
ふと思い立って、シルバーランクへの昇格について確認してみようと受付へ向かうと──
「あら、レイさん。実はご報告しようと思っていたんです」
受付嬢が明るく告げた。
「先日までのクエスト実績、そして特例評価が通りまして……すでにシルバー昇格条件、満たされていますよ」
「……えっ、そうなんですか?」
「はい。ご本人の希望があれば、昇給審査の予約を取れます」
思いがけず訪れた節目。
しばし考えた末、レイは小さく頷いた。
「……じゃあ、受けてみます」
◆
昇給審査は、ソロでの挑戦となる。
内容は、軽い筆記試験と実技試験──
実技のほうは、ギルドの試験担当官との模擬戦である。
(擬態魔装はフル活用……でも、魔法はなるべく控えめにしておこう)
決意を胸に挑んだ試験。
担当官は中年の槍使いだったが、レイの戦いぶり──特に魔力運用と回避行動の的確さ──に舌を巻いた。
「ふむ……実戦経験が浅いのは否めないが、地力は十分。文句なし、だな」
筆記試験もそつなくこなし、結果──
レイは晴れて、シルバーランクの冒険者となった。
「おめでとうございます。実は、登録から二週間未満での昇格は、かなり珍しいんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ、早い方でも一ヶ月、平均で半年近くかかるので……本当にすごいです」
レイは少し照れながらも、どこか誇らしげに笑った。
「……ありがとうございます」
「なんだ、もうシルバーになったのか」
いつの間にか後ろに立っていたカイルが、無表情のまま声をかけてきた。
「まぁ……レイなら普通か」
「えっ、カイル……。あの、ちょっと気になってたんですけど……なんで、まだブロンズなんですか?」
「ん? いや、俺ももうすぐ昇格する予定だ。ただ、難しいクエストをこなしてもポイント自体はそんなに変わらないからな」
そう言って肩をすくめる。
「それに、レイがおかしいだけだ。きっとエルドさんが何か口利きでもしたんだろ」
「……まぁ、そうかもしれませんね」
(……今度、感謝くらいはしとこうかな)
受付の奥から、新たに発行された銀色の冒険者証が差し出される。
レイはそれを、静かに受け取った。
◆◆
ギルドの掲示板前。
今日は、カイルと軽めの依頼に同行することになっていた。
レオン様から「鍛えておけ」と言われていたこともあり、ちょうどいいタイミングだったので、カイルとクエストに出ることにした。
内容は、隣町までの輸送護衛。危険度は低め。
──そのはずだったのに。
「って、そっちじゃない! ルート逸れてる!」
「わかってる。こっちの方が見通しがいい。少し遠回りになるが、安全だ」
「うぅ、なら最初に言ってよ……」
軽く文句を言いながら、私は早足で追いつく。
前を歩くカイルは相変わらず無口で、なのに地形や周囲の状況はきちんと把握していて、妙に頼りがいがあるのがずるい。
荷馬車の隊商は、後ろでのんびりついてきていた。
(……無口で不器用で、しかも実はちゃんと考えてるって……王道すぎるやろが)
ツッコミを入れかけて、慌てて脳内をリセットする。
「さっきの風魔法、軌道ちょっとだけ変えたろ。なにした?」
「え? あ……その、反射系の魔力計算、ちょっとだけ角度調整して……」
「へぇ。やるな」
少し間を置いて、カイルがぽつりと口を開く。
「……やっぱ、お前、俺より強いんだろ」
「えっ……」
「別に悪いことじゃない。強いやつがいるのは普通のことだし、なんなら頼りになる。でも、もし理由があるなら……言えないなら、それでもいい」
そこまで言って、カイルはふっと視線を逸らす。
どこか、ほんの少しだけ寂しそうな、しょんぼりしたような表情を浮かべた。
(……え、なにその顔。ちょっと待って。あの、無表情鈍感系が、しょんぼり……?)
(なにそれ、焼ける……いや、脳が、脳が焼かれる……っっ!)
私は、ごまかすのをやめた。
カイルの横顔を見ていたら、胸の奥がちくりと痛んだ。
これまでのどの相手よりも、一緒にクエストに出ている時間が長い。
何度も肩を並べて戦ってきた彼に──嘘をつくのは、なんだか、とても嫌だった。
きっと、ハルやレオン様との出会いが、そんな感情を育ててくれたのだと思う。
婚活の相手としてじゃなくて。
信頼できる“仲間”として、ちゃんと向き合いたいと思った。
「……前に、エルドさんには全部話したの。あの人に見抜かれてたから、後でこっちから説明した。ダイヤランクに変に目をつけられたら、後が怖いからね」
カイルは黙って聞いていた。
「カイルにも、最低限だけ話すけど……もともと研究職で、今はちょっと休職中。変な魔法を作ってて、それでまあ、いろいろあって冒険者やってる」
どこまで言うか、迷いながら、でも最低限の事実だけはちゃんと伝える。
「そっか」
カイルは一度、レイの方に視線を向け、それからまた前を見た。
「理由はどうあれ、今こうして一緒にクエスト行けてるわけだし。別に気にしない」
あっさりと、でもどこかあたたかい言い方だった。
(ああ、もうだめだ……またちょっと好きになりそう……)
でも──
「……気にしないって……私がどんな人間か、気にならないの?」
思わず、口をついて出た言葉だった。
照れ隠しのつもりだったのに、自分でも少しだけ驚くくらい、声が小さくなった。
カイルは、ほんの少しだけ眉を動かしてから、ぽつりと答えた。
「んー、エルドさんが何もしてないってことは、悪い奴じゃないんだろ? 俺も、前に話したと思うけどさ──両親が騙されて、大きな借金を抱えたことがあったんだ」
懐かしむような、それでいてどこか苦笑まじりの声。
「でもそのとき、助けてくれたのがエルドさんで。……だから俺は、あの人の見る目を信用してる。そんなエルドさんが、レイを“問題ない”って思ったんなら、大丈夫なんだと思う」
少しだけ間が空いて、それからカイルが続けた。
「ただ……もし、本当のことを話せるときが来たら、話してほしいかな。気にならないわけじゃない。昔だったら、騙されてたことにもっと怒ってたかもしれない。でもまあ、冒険者ってやつは、秘密の一つや二つくらい抱えてるもんだろ」
私は、何も言い返せなかった。ただ、胸の奥が、じんわりとあたたかくなるのを感じていた。
──そのあと、任務はつつがなく終わった。
魔物の襲撃もなく、荷馬車を無事に届けた私たちは、夕方前にはギルドへと戻ってきていた。
報告を終えたあと、カイルがいつもの無表情で、それでも少しだけ口元を緩めながら言った。
「またいたら、声かける。……お前も、いつでも声かけてくれ」
「……はい」
その背中を見送りながら、私はひとつ、深く息を吐いた。
──ほんの少しずつ。けれど、確かに。
気づかないふりをしていた何かが、今、心の中で静かに動き出した気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます