第19話 レオン様♡

 ──《今後も俺と組め。ついてこい。わかったな?》


(……あれ……わたし、恋してる……♡)


 きゅん、と胸の奥が鳴る。  レオン様のあの一言が、何度も頭の中でこだましてる。  夕暮れの森道さえ、今の私には恋愛フラグ乱立の回廊にしか見えない。


 横にいる彼の背中を見てるだけで、もう胸いっぱい♡  でも、そんなフワフワの空気が──不意に、足元の小石ひとつで崩れた。


「っ……あ」


 地面が傾いて、体がふわっと浮いた。

 転ぶ──そう思った瞬間、強い腕が私を引き戻していた。


 ぐい、と。


 息を飲む間もなく、レオン様の胸元に抱きとめられる。

 逞しい腕に支えられ、あっさりと体重を預ける形になってしまう。


 視線が、ぶつかった。  近い、近すぎる。反則だよ、こんなの……!


(だ、だめ、こんなの、またきちゃう……♡)


 そんなとき、レオン様が低い声で、ぼそりと呟いた。


「無防備すぎる……もっと危機感を持て。

 このまま黙って抱いても、文句言えないんだぞ?」


 ──え。


 頭が真っ白になる。  いま、なんて?


 その腕の中で、私はすべてを委ねるようにして体を預けた。


(……レオン様なら……むしろ、ぜひ……♡)

(だって、そんなこと言われたら……もう、抱いて!今すぐ!!♡♡♡)


 心臓が跳ねて、跳ねて、暴れてる。  わたし、いま、完全に落ちました♡


 レオン様は、なにも知らない顔で手を離し、また前を向いて歩き出す。


「……ほら、行くぞ」


(うそでしょ……もう、なにこの人……ずるい……♡)


 その背中についていく私の視界は、完全に恋のフィルターでピンクに染まっていた



 宿に着いたのは、すっかり日が落ちた頃だった。

 入り口で名前を告げると、女将が少し困ったように眉を下げる。


「すまないねぇ、今日は混んでてね。空いてる部屋が一つしかないんだよ。二人で使うかい?」


(え、えっ……えええっ!? レオン様と同室!?♡)


 ときめきの衝撃で昇天しかけたその瞬間。


「裏の物置でもいい。二部屋に分けてくれ」


 レオン様、秒で拒否。


(そ、そうですよね……ですよね……でもちょっとだけ……がっかり……♡)


 結局、私は屋根裏の部屋に通され、レオン様は階下の元倉庫の個室になった。

 簡素だけれど清潔な部屋。ひとまず荷をほどいて落ち着いたところで、扉の外からノックの音が響く。


「……あとで話がある。下の部屋に来い」


 レオン様の声だった。



 数分後、私は意を決してノックを返し、扉を開けた。


 室内には灯りがひとつ。レオン様は背を向けていて──


「早いな。……上だけ着替えさせてくれ」


 そのまま、外套を脱いでシャツに手をかける。

 無造作に、ためらいもなく。


(ちょ、ちょっと待って……え、え、えっちすぎる……♡)


 鍛えられた背中。肩。腕。無防備な上半身に、思考が融解する。

 心臓の音がうるさすぎて、自分の呼吸の音が聞こえない。


「……座れ」


 レオン様はシャツのボタンを留めながら、椅子を示す。

 私はぎこちなく頷いて、言われた通り腰を下ろした。


「話って……」


「エルドさんが、お前を俺に預けた理由、聞いてないんだろ」


 私は首を振る。


「……おそらく、保護と観察だろうな。変な才能持ってて、行動も危なっかしい。

 敵に回せば厄介だし、潰されるには惜しい」


 そう言ってレオン様は、視線を窓の外へ向ける。


「俺の訓練も兼ねてる。……最近、人と組むのを避けすぎだって、言われてな」


「そうだったんですね……」


「……最初は、今回限りで断るつもりだった。けれど、荒削りながらも想像以上に優秀だった。戦闘スタイルの相性も良い。まだまだ未熟な部分は多いが、鍛えれば必ず伸びる。だから、今後も俺と組め、一人前になるまで面倒見てやる。ただし……」


 レオン様の視線が、まっすぐ私に戻る。


「……惚れるな」


「……ほ?」


「お前は若い。かわいい。もっとまともで、真面目な相手が絶対にいる。俺なんかに引っかかるな。第一、お前ちょろすぎる。危機感持て。


 ……抱き寄せたときも、俺が離さなかったら、あのままずっと抱かれてただろ。

 さっきも、着替えてるとき、見すぎだ。笑うしかなかった」


(きゃーーー♡ バレてるーーー!!)

(やだやだやだ、恥ずかしすぎて死ぬ……♡)

(でも、それもなんか……いい……♡ 恥ずかしいの、クセになりそ……♡♡♡)


「……妹がいるんだ、遠くに。歳の離れた。レイに少しだけ似てるんだ」


「……え?」


「顔つきがな。性格は……まるっきり違うけど」


 ふっと、レオン様が笑った。


 わたしは、胸の奥がきゅっと締めつけられるのを感じながら、ただ静かに頷いた。


「……わかりました」



 部屋に戻った私は、ベッドに倒れ込む。


(あああああ……無理……今の全部、きゅん♡過ぎて……)

(抱かれてもいいって思ってたのに……だめって言われた……♡)

(でも……でも……レオン様があんな顔するなんて……)


 妄想は止まらない。

 でも、同時に胸のどこかが少しだけ冷えている。

 過去の恋。失敗。片思い。

 お花畑の裏にある、自分の現実が、わずかに顔をのぞかせていた。


 ──彼は、わたしのことを恋愛対象として見ていない。……それは、わかってる。わかってるけど……!


(でも、だったら、なんであんなに優しいの……)

(ずるい、ずるいよ……あんなの、好きになっちゃうに決まってる……♡)


 シーツをぎゅっと握りしめて、私は天井を見つめる。

 少しだけ冷静になった頭が、静かに呟いた。


(でも…………でも……こんなに簡単に落ちてちゃ、だめだよね)


 深呼吸。魔力を整えるように、感情を整える。

 ──でも、レオン様の余韻だけは、体の奥にずっと残ってた。

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