第18話 は? なにその言い方……


 朝。ギルドの掲示板前。


 指定された時間より少し早く、私はすでに待機していた。

 見た目はいつも通り、擬態魔装メイクアップ・シェルによる十六歳の少女の姿。

 清楚な笑顔だけは崩さずに、内心ではぐるぐると考えを巡らせていた。


(あの人が来る……エルドさんが言ってた、レオンという人)


 どんな人だろう。

 エルドさんは『まあ、悪いやつじゃない。プラチナの冒険者だ』と言っていた。

 できることなら関わりたくないけど……ギルドの扉が開き、その人影が現れた。


「お前がレイだな? 準備はできているな?」


 外套姿のレオンが、無造作な赤髪を指先で押しやりながら、こちらに歩いてくる。

 その動きに無駄はなく、でもどこか気だるげ。

 無精髭と、刺すような目線がやけに印象的だった。


「じゃ、行くぞ」


「……はい」


 私の声は、少し上ずっていたと思う。

 レオンは特に気にした様子もなく、ギルドの外に出ると、通りに止めてあった馬車のほうへ向かった。


「乗れ。目的地までは半日くらいかかる」


 荷物の積まれた小型の任務用馬車。その車内に乗り込んだ私は、少しだけ緊張をほぐすように息を吐いた。


 今回の任務は一泊予定。拠点の宿舎で一晩を明かすことになっている。

 革のポーチのほかに、私は小さな荷袋も用意していた。

 中には、簡易寝具の魔導布、着替え一式、保存食、魔力補助具、それに観測用の水晶盤や筆記具など。

 冒険者としては最低限の荷物だけれど、困らない程度には揃えてきたつもりだ。


(こんな距離の任務なのね……)


 揺れる車内、沈黙のレオン、そして不安しかない任務。


 私は内心で静かに叫んでいた。


(なんでこの人と組む流れになったの……!?)


 クエストの内容はすでに聞いている。

 調査任務。それも、魔力痕の確認と実地の調査。

 難易度はプラチナにしてはかなり控えめ。

 おそらく、試運転のようなつもりなのだろう。

 最悪、彼ひとりでもこなせるように調整された案件だった。


 そして、歩きながら、レオンが口を開いた。


「……エルドさんに言われたから、仕方なくだ。ある程度は聞いているが、最悪何もしなくてもいい。邪魔だけはするな。今回一回限りで、あとは断るつもりだ」


(は? なにその言い方……)


 内心で思い切り文句を並べつつ、私は作った笑顔を崩さずに答える。


「はい……わかりました」


 エルドさんに弱みを握られている身としては、そう答えるしかなかった。

 それでも──なんか、ちょっとイラっとしていたのは否定できない。


 馬車を降りてから、遺跡跡までは徒歩での移動となった。

 地図と照らし合わせながら、私たちは森の外れにある小道へと入っていく。


「このあたりだな。魔力反応は、かなり古い痕跡らしい」


 レオンが淡々と言う。

 私は頷きながら、視線を周囲に向けた。


「調査って、どこまでやるんですか?」


「魔力痕の出どころと範囲。それと、人工か自然かの判別。異常があれば、それも記録。戦闘はないはずだが……まぁ、絶対とは言い切れん」


 その言い方も、やっぱりなんとなく突き放している。

 だけど、不思議と頼りなくは感じなかった。


(この人、ほんとに慣れてるんだ……)


 道は少しずつ傾斜を増し、木々が密になる。

 私は足元を確かめながら、ふと口を開いた。


「……あの、レオンさん」


「なんだ」


「私、ちゃんと役に立ちますから。……邪魔にはなりません」


 それに対して返ってきたのは、少しだけ意外な言葉だった。


「……そうか。なら、勝手にしろ」


 と言われたくせに、私はその直後、やらかした。


 足元の岩に気づかず、魔力感知の範囲も読み違え、見事に転倒。

 斜面を滑りかけたところを、レオンが素早く腕を引いて止めてくれた。


「っ……す、すみません……」


 一息ついたそのタイミングで、目の前から静かな声が落ちる。


「……本当にひよっこじゃねぇか。聞いてはいたが、やっぱ魔法だけか」


 私は思わず木の幹に寄りかかって、視線をそらした。


 その瞬間、足音が近づいてきて──バン、と目の前の木に手が置かれる。


「危なっかしいから、もう俺についてくることだけ考えろ。わかったな!?」


 鋭い声と同時に、真正面から視線をぶつけられて、私は思わず身をすくめた。


「……はい」


 小さく返事をしながら、内心では(なにその言い方!)と憤慨しつつも、

 ほんの少しだけ、心臓の奥が跳ねたのを感じた。


 そのあとは、ちょっとだけ意地になって頑張った。


 魔力痕の観測も、範囲のスキャンも、術式判定も、持てる知識と技術を総動員してサポートに徹した。

 肩がけのポーチから水晶盤と解析針を取り出し、魔力の残留濃度と痕跡の流れを読み取っていく。

 戦闘こそなかったが、数値的なデータと周囲の魔力構造の読み取りは、私にとって得意分野だ。


「……いいな、その分析。助かる」


 レオンが短くそう言った。

 その一言が、思っていた以上にうれしくて。


(……あれ、なんか……かっこよく見えてきた)


 その後、調査地点を離れようとしたそのときだった。


 突如、周囲の魔力濃度が跳ね上がる。

 遺跡の地面が一部崩れ、中から小型の魔獣群が現れた。


「下がれ!」


 レオンが先に動き、私は後方支援に回る。

 術式展開、封鎖結界、警戒用の魔標──準備してきた手を惜しみなく使った。


 だけど、数が多い。包囲される前に減らすなら、あれしかない。


(……うわ、久しぶりすぎて手が震える)

(大丈夫、昔はできてた。学生時代はこれで表彰までされたんだから……!)


 私は深く息を吸い、魔力を一点に集中させた。

 指先が光に包まれ、詠唱と共に空気がぴんと張り詰める。


 《フォトン・レイ》


 放たれた光の奔流が、一直線に魔獣の群れを貫いた。

 まばゆい閃光のあと、しばしの沈黙。

 巻き起こる風と熱が過ぎ去る頃には、敵の数は半分以下に減っていた。


(……やった、成功……!)


 短くも激しい交戦の末、なんとかその場を制圧する。


 森の外れ、安全圏まで戻ったところで、レオンが不意に足を止めた。


「……すまん。あれは完全に予想外だった」


「いえ、謝られるようなことじゃ──」


「でも、助かった。ちゃんと役に立ってたぞ」


 褒め言葉にしては素っ気ないけれど、真っ直ぐな言い方だった。

 私が何か言い返す前に、レオンは続けた。


「……とはいえ、まだまだ甘い。体力と咄嗟の判断。だから今後も──俺と組め。

 ついてこい。わかったな?」


 私は、思わずぽかんとした。


 そして、急激に胸が熱くなった。


(……やだ、ちょっと今の……かっこよすぎでは!?)


 心臓が跳ねる。

 頬が勝手に熱を持ち、視線が揺れる。


(ど、どうしよう、これ……またきちゃうかも♡)


 さっきまでイラっとしてたくせに、レオンの顔がやけにまぶしく見えてしまう。


(この人、無愛想で怖くて、口も悪くて……でも、なんか……いいかも♡)


 気づけば私は、完全に恋愛脳のスイッチが入っていた。

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