第18話 は? なにその言い方……
◆
朝。ギルドの掲示板前。
指定された時間より少し早く、私はすでに待機していた。
見た目はいつも通り、
清楚な笑顔だけは崩さずに、内心ではぐるぐると考えを巡らせていた。
(あの人が来る……エルドさんが言ってた、レオンという人)
どんな人だろう。
エルドさんは『まあ、悪いやつじゃない。プラチナの冒険者だ』と言っていた。
できることなら関わりたくないけど……ギルドの扉が開き、その人影が現れた。
「お前がレイだな? 準備はできているな?」
外套姿のレオンが、無造作な赤髪を指先で押しやりながら、こちらに歩いてくる。
その動きに無駄はなく、でもどこか気だるげ。
無精髭と、刺すような目線がやけに印象的だった。
「じゃ、行くぞ」
「……はい」
私の声は、少し上ずっていたと思う。
レオンは特に気にした様子もなく、ギルドの外に出ると、通りに止めてあった馬車のほうへ向かった。
「乗れ。目的地までは半日くらいかかる」
荷物の積まれた小型の任務用馬車。その車内に乗り込んだ私は、少しだけ緊張をほぐすように息を吐いた。
今回の任務は一泊予定。拠点の宿舎で一晩を明かすことになっている。
革のポーチのほかに、私は小さな荷袋も用意していた。
中には、簡易寝具の魔導布、着替え一式、保存食、魔力補助具、それに観測用の水晶盤や筆記具など。
冒険者としては最低限の荷物だけれど、困らない程度には揃えてきたつもりだ。
(こんな距離の任務なのね……)
揺れる車内、沈黙のレオン、そして不安しかない任務。
私は内心で静かに叫んでいた。
(なんでこの人と組む流れになったの……!?)
クエストの内容はすでに聞いている。
調査任務。それも、魔力痕の確認と実地の調査。
難易度はプラチナにしてはかなり控えめ。
おそらく、試運転のようなつもりなのだろう。
最悪、彼ひとりでもこなせるように調整された案件だった。
そして、歩きながら、レオンが口を開いた。
「……エルドさんに言われたから、仕方なくだ。ある程度は聞いているが、最悪何もしなくてもいい。邪魔だけはするな。今回一回限りで、あとは断るつもりだ」
(は? なにその言い方……)
内心で思い切り文句を並べつつ、私は作った笑顔を崩さずに答える。
「はい……わかりました」
エルドさんに弱みを握られている身としては、そう答えるしかなかった。
それでも──なんか、ちょっとイラっとしていたのは否定できない。
馬車を降りてから、遺跡跡までは徒歩での移動となった。
地図と照らし合わせながら、私たちは森の外れにある小道へと入っていく。
「このあたりだな。魔力反応は、かなり古い痕跡らしい」
レオンが淡々と言う。
私は頷きながら、視線を周囲に向けた。
「調査って、どこまでやるんですか?」
「魔力痕の出どころと範囲。それと、人工か自然かの判別。異常があれば、それも記録。戦闘はないはずだが……まぁ、絶対とは言い切れん」
その言い方も、やっぱりなんとなく突き放している。
だけど、不思議と頼りなくは感じなかった。
(この人、ほんとに慣れてるんだ……)
道は少しずつ傾斜を増し、木々が密になる。
私は足元を確かめながら、ふと口を開いた。
「……あの、レオンさん」
「なんだ」
「私、ちゃんと役に立ちますから。……邪魔にはなりません」
それに対して返ってきたのは、少しだけ意外な言葉だった。
「……そうか。なら、勝手にしろ」
と言われたくせに、私はその直後、やらかした。
足元の岩に気づかず、魔力感知の範囲も読み違え、見事に転倒。
斜面を滑りかけたところを、レオンが素早く腕を引いて止めてくれた。
「っ……す、すみません……」
一息ついたそのタイミングで、目の前から静かな声が落ちる。
「……本当にひよっこじゃねぇか。聞いてはいたが、やっぱ魔法だけか」
私は思わず木の幹に寄りかかって、視線をそらした。
その瞬間、足音が近づいてきて──バン、と目の前の木に手が置かれる。
「危なっかしいから、もう俺についてくることだけ考えろ。わかったな!?」
鋭い声と同時に、真正面から視線をぶつけられて、私は思わず身をすくめた。
「……はい」
小さく返事をしながら、内心では(なにその言い方!)と憤慨しつつも、
ほんの少しだけ、心臓の奥が跳ねたのを感じた。
そのあとは、ちょっとだけ意地になって頑張った。
魔力痕の観測も、範囲のスキャンも、術式判定も、持てる知識と技術を総動員してサポートに徹した。
肩がけのポーチから水晶盤と解析針を取り出し、魔力の残留濃度と痕跡の流れを読み取っていく。
戦闘こそなかったが、数値的なデータと周囲の魔力構造の読み取りは、私にとって得意分野だ。
「……いいな、その分析。助かる」
レオンが短くそう言った。
その一言が、思っていた以上にうれしくて。
(……あれ、なんか……かっこよく見えてきた)
その後、調査地点を離れようとしたそのときだった。
突如、周囲の魔力濃度が跳ね上がる。
遺跡の地面が一部崩れ、中から小型の魔獣群が現れた。
「下がれ!」
レオンが先に動き、私は後方支援に回る。
術式展開、封鎖結界、警戒用の魔標──準備してきた手を惜しみなく使った。
だけど、数が多い。包囲される前に減らすなら、あれしかない。
(……うわ、久しぶりすぎて手が震える)
(大丈夫、昔はできてた。学生時代はこれで表彰までされたんだから……!)
私は深く息を吸い、魔力を一点に集中させた。
指先が光に包まれ、詠唱と共に空気がぴんと張り詰める。
《フォトン・レイ》
放たれた光の奔流が、一直線に魔獣の群れを貫いた。
まばゆい閃光のあと、しばしの沈黙。
巻き起こる風と熱が過ぎ去る頃には、敵の数は半分以下に減っていた。
(……やった、成功……!)
短くも激しい交戦の末、なんとかその場を制圧する。
森の外れ、安全圏まで戻ったところで、レオンが不意に足を止めた。
「……すまん。あれは完全に予想外だった」
「いえ、謝られるようなことじゃ──」
「でも、助かった。ちゃんと役に立ってたぞ」
褒め言葉にしては素っ気ないけれど、真っ直ぐな言い方だった。
私が何か言い返す前に、レオンは続けた。
「……とはいえ、まだまだ甘い。体力と咄嗟の判断。だから今後も──俺と組め。
ついてこい。わかったな?」
私は、思わずぽかんとした。
そして、急激に胸が熱くなった。
(……やだ、ちょっと今の……かっこよすぎでは!?)
心臓が跳ねる。
頬が勝手に熱を持ち、視線が揺れる。
(ど、どうしよう、これ……またきちゃうかも♡)
さっきまでイラっとしてたくせに、レオンの顔がやけにまぶしく見えてしまう。
(この人、無愛想で怖くて、口も悪くて……でも、なんか……いいかも♡)
気づけば私は、完全に恋愛脳のスイッチが入っていた。
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