第12話 また食べたいな だって!聞いてる?

 昨日の「あーん♡」からの「名前交換イベント」は完璧だった。

 これはもう、次は「おでかけデート♡」の流れでは?

 いや、違いない。きっとそう。


(何着てこう……って、そもそも服が一着しかなかった……)

(あっ、ちょっと待って。私、汗くさくない? 匂い、大丈夫だよね??)

(偽装魔装には清潔維持機構もちゃんと搭載されてるし、体臭の調整もできてる……はず。 はずなんだけど……なんかアラサー臭とか出てない? 気のせい? でも、やっぱ気になるぅ……!)


 少しだけ現実に打ちのめされながらも、私は浮かれていた。


──────────


 ハルは、少し顔色が戻っていた。

 部屋を訪ねると、ベッドの上で柔らかく笑ってくれる。


「本当に、ありがとう。……宿代とか、払わせちゃって、ごめん」


「だ、大丈夫です! 私が勝手にやったことなんで!」


「それに……おかゆ、美味しかった。あんなやさしい味、久しぶりだった」


 ああ、きた。恋のやつきた。

 こんな感想、受け取って無事でいられるわけがない。


「ま、まあ……料理、好きで。ちょっと頑張ってみたんです」


「また食べたいな。あれ」


(またって、またって言った!!)


 魔法よりすごい。料理スキルって最強かもしれない。


 浮かれかけたところで、ふと思い出す。


「……あの、ハルさんって、普段はどういうお仕事を?」


 ハルは少しだけ視線をそらしてから、やわらかく笑った。


「うーん、ちょっと特殊な仕事、かな。いろいろやってるんだ」


 その曖昧さが、逆に気になったけれど、深くは聞けなかった。


「今日は少し外に出て、気分転換でもしようか。ずっと寝てたし、ちょっと歩きたくて」


「……はい。無理しない範囲で、少しだけ」


(お出かけデートキターーーー!!)

(いやいや、違う。落ち着け私。これはあくまで“気分転換”。ただの“外の空気吸うだけ”だから。期待するな、勘違いするな、アラサーは慎重に……)

(……でも無理♡ これはもう、恋愛フラグでしかないっ!)



 午前中はのんびりとした散策。

 市場通りをぶらぶら歩きながら、ハルが屋台の焼き菓子を見つけて立ち止まる。


「甘いの、好きなんですか?」


「うん、ちょっとだけ」


 ひとつ買って、その場でぱくりと食べて「……おいしい」と微笑むその横顔に、私の内臓が軽く跳ねた。

 この人、なにげない笑顔がずるい……。


 少し先の雑貨屋の店先で、かわいい布小物を見つけたときも、

 ハルは「似合いそう」とさらっと言ってくる。

 なんでそんなこと言うの!? もうそれだけで一日生きていけるのですが!?


(ああもう、どうしよう。息ができない……!)


 途中で小さな公園のベンチに腰掛けると、

 ハルが「日差しが気持ちいいね」と言って、目を細める。

 木漏れ日と優しい顔、穏やかな空気。

 なんだここ、恋愛漫画の最終回か??


「楽しいな。こういうの、久しぶりかも」


「え、ええ、私もです……」


 心臓が忙しすぎて、返事がだいぶ遅れた。

(えっ、なに? 今のセリフ、好きな人とするやつじゃない? え? え!?)


 ハルが犬に話しかける姿を見てると、なぜかその犬に嫉妬したくなった。

(何よその笑顔、私にも向けてよ……って、さっき向けられてた! 心臓が! 無理!)


 花屋の前で立ち止まったときも、ハルは「これ、母が好きな花に似てるんだ」と言った。


「優しいんですね、ハルさん」


「そうかな? ……レイの方が、よっぽど優しいよ」


 ああああああもう!!!

(やめてええええ!!! それ以上言われたら、私ほんとに落ちるからあああ!!)


 そのまま昼になり、日差しが少し傾き始めたころ。

 宿へ戻る道すがら、ハルがふと立ち止まる。


「レイ。……もう、大丈夫そうだね」


「えっ?」


「表情が、すごく柔らかくなった。前よりずっと、いい顔してる」


「そ、そうですか……?」


 ハルがふと立ち止まり、こちらを見て笑った。


「うん」


 その言葉が、何気なくて、やさしくて──

 私の中でなにかが、ふわっと溶ける音がした。


(う、うわぁ……きゅん♡)


「……そっか。はいっ」


 なんか返事おかしくなったけど、もう止められない。

 胸が高鳴って、笑いがこぼれそうだった。


 うん。うん!


(やばい、これはもう本当に……はじまっちゃう♡)


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